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ムジカ工房は、音楽教育家・北村智恵をサポートする、小さなアトリエです。
北村智恵ピアノ教室、コンサートの自主公演、ピアノ指導者セミナー開催等、行なっています。

過去の公演


みんなの音楽 第10回 エッセイ

「一流」を生きるということ ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信80号「胸にしまっておけないドラマ」より転載


 ムジカ工房が主催する今年の「希望コンサート・みんなの音楽」は六月二十九日(日)に開催された。いつの間にか第10回を迎えた。ということは、このコンサートの主旨に賛同し毎年開催することを目ざして聴衆の側から立ち上げられた「サポーター会」が結成されて九年も経ったことになる。日本でも世界でも、今やサッカー・チームのサポーター会は当然のように存在しているが、クラシック音楽のコンサート開催を維持するために生まれ存続しているサポーター会など、本当に他では聞いたことがない。しかも、東北大震災以後、毎年、コンサート開催にかかった費用の残額を被災遺児たちへの義援金とすることに決定して以来、それ以前よりサポーター会費の振込額が増え、会員の人数そのものも増えた。「音楽」が人の役に立ち、「音楽」で人々が繋がっていく事実を本当に嬉しく思う。孟子ではないが、私は人間の性善説を信じている。人は誰しも、本当は、困っている人の役に立ちたい、助けたい、弱者をサポートしたい、というような感情を持っていると信じ、だがそれをどう具体化すれば良いのかその方法を持てないでいる人も多いと思うのだ。少なくともこちらが一生懸命やれば、そのことに賛同し、賛同から支持へ、支持から協力へと、人々の力が大きく変わってくることを私は実感している。スタッフの人数も今年は五十名近くになり感謝で胸が一杯になった。二十年前の阪神大震災直後から、被災遺児・孤児たちが高校・大学進学を果たすまでと決めて続けたチャリティ・コンサートの十年間、そしてそれが果たされた後に始めた「希望コンサート・みんなの音楽」――高齢者も障がい児・者も、経済的余裕のない人も、みんなで「感動」を分かち合って元気になろうという主旨のコンサート――も、私達夫婦が自己負担して有志のスタッフと共に開催したのは第一回のみで、そのときの聴衆の感動が「サポーター会」を生み出し、以降、その直後から現在に至るまでずっと、三百名を超える、北海道から沖縄までの全国のサポーター達に支えられてこのコンサートは存続している。身体障がい者や視覚障がい者はもとより、幼児や知的障がい児・者の来場ももちろんOK。会場の聴衆全員が、そういう人たちにコンサート・マナーを伝える「教育の場」にもなるよう、「入場無料」で開催している。だが演奏は常に「一流」であること、ハイ・レベル、ハイ・クオリティーであることをキープしてきたつもりでいる。このようなコンサートでは、主旨に賛同してサポーター会員になったりコンサートを聴きに来たりする人もいる。そんな人に、「だからクラシックは解からない」とか「初めて聴いてみたけどつまらなかった」と思われてしまったら、あとが続かなくなってしまう。内輪の会や、門下だけのコンサートではないのだから、どの楽器やどのジャンルであっても、常にプロの品格、技術、音色、そして何より精神や心が本ものでなければ、あらゆる聴衆層、すべての人々を納得させたり感動させたりはできないと思うし、アマチュアでも、プロにない瑞みずしさやひたむきさがあってこそ感動させる。今年ドイツ歌曲を歌ってくれた脳性麻痺の後遺症を持つ青年、松下耕典君のように――。
 しかも私は、西洋の音楽だけでなく、日本のクラシック、つまり日本の伝統芸能をも同様に馴れ親しみ身近な音楽として聴けるようになるチャンスを提供したい、と思っているので、これまでもずっと、箏、琵琶、尺八、京三味線等の音色や音楽そのものを楽しんでもらえるプログラムを組んできたつもりだが、今回、十回記念にふさわしい舞台を見聞きしてもらうことが実現できた。三十数年来、信頼し合ってきた友人で、金剛流の能の会のとき、長年解説を書いたりしてきた人だが、彼が思いがけなくも金剛流の若宗家にこの会の話をしてくれたことで、私は一年前に「みんなの音楽」の説明と、正式なお願いをしに金剛家へ伺った。御母堂共にとてもよく理解して下さり快諾して頂けて、自分でも「普通あり得ない話」だと思い、帰りの足取りが軽くなったことを憶えている。

 能に限らず、「芸」の道は厳しい。古典芸能においてはあらゆることが厳格で、人の上下関係も克明であり、長年そのような世界にいる人には実直で律儀な人が多い。そのことが外の世界の人々から「格式ばっている」とか「堅苦しい」と誤解されることに繋がる場合もあるかも知れない。だが私は、自分が精一杯誠実であろうと努力していれば、そういう「一流」の世界を生きている人達の細やかな配慮や思いやり、誠意などが見えてくると思う。日頃、高額な経費を要する舞台で能を演じている人達である。チャリティということで今回まったくのボランティアで若宗家を含め四人の能楽師が出演して下さることになったが、「能舞台」ではなく、コンサートを行うホールの床なので、事前にそのことを相談し、せめて所作台だけでもと話すと、「チャリティ・コンサートですから、くれぐれも余分なお金がかからないようにして下さい」と言って下さり、一番近い楽屋から舞台袖まで足袋が汚れないよう何か敷物を用意しようと思っていたら「スリッパだけでいいです」等、少しも堅苦しくも格式ばってもいない返事を頂き、本当に有難い人達だと思った。結局、使用料が予算内だったので、最低限の所作台だけ借りて、仕舞(一曲の見せ場である独立した一部分を、主役一人が紋服・袴の姿で地謡だけで舞うこと)と、連吟(謡曲を二人以上で声を揃えてうたうこと)が演じられた。二番目物(修羅物)の中から「田村」(坂上田村麻呂の霊が旅の僧に、鈴鹿山での鬼神を討伐したときの様や武勇伝を語る物語)のキリ(一曲の終りの部分・切能)、三番目物(女性や草木の霊を主人公とする曲)の中から「羽衣」(有名な三保の松原の天女の物語)のクセ(一曲の中心的な部分。舞いどころ・聞かせどころ)、五番目物(鬼畜物)の中から「殺生石」(鳥羽天皇の宮廷に仕えた狐の化身が殺されて石と化し害をするのを、後に玄翁和尚が法力により成仏させるという物語)の仕舞に続いて、四番目物(狂女物や遊狂物など雑能)の中から「放下僧」(大道芸人に身をやつした兄弟が、ある神社で親の仇を討つ物語)の中の「小唄」の連吟。最後はプログラムに変更があって、若宗家による仕舞「熊坂」だった。「熊坂」は熊坂長範(長範頭巾で有名な平安末期の伝説的な盗賊)が牛若丸に討たれる物語で、足のみならず長刀(なぎなた)を使うのでその所作や舞台を打つ音のリズム等、とても迫力があり、おそらく初めて仕舞を鑑賞する素人の人達に対する、若宗家の配慮による変更だったのではないかと私は思っている。小学二年生の私のピアノの生徒が、終演後その所作を真似て、「足をドスンとするのが一番楽しかった」と言っていたことを思い出す。若宗家の配慮は幼い子どもの心にも届き、残っているのだ。

 さて、そんな四名の能楽師の出番終了後は、即、着替えて帰ってしまわれることも当然あり得た。楽屋担当のスタッフはその場合のことも想定して準備していたと思う。ところが何と、全員そのままの姿で、コンサート最後の会場全員合唱に参加するために残って下さっていた――。しかも、当日出演したソプラノの女性(実は私の教え子)に、その歌を教えてもらいながら、日頃無縁の楽譜を手に楽屋で練習して下さっていたという。最後まで残って舞台で皆と一緒に歌うために――。
 私にとってはまさしく胸にしまっておけないドラマだった。何という誠意、何という誠実さ。最後の舞台でその姿を見つけたとき、感動と感謝の気持ちで胸が一杯になった。
 これが「一流」を生きる人たちの生き方なのだと、心の底から思った。



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みんなの音楽 第10回 プログラム

1:【リンガーズあかね】(ハンドチャイム・アンサンブル)
牧場の朝        作曲/船橋栄吉  編曲/中戸川憲子
エーデルワイス     作曲/リチャード・ロジャーズ  編曲/中戸川憲子

2:【はなみずき】(アイリッシュハープ・アンサンブル)
夏の名残りのバラ     アイルランド民謡  編曲/雨田光示
主よ人の望みの喜びよ   作曲/J.S.バッハ  編曲/くしだてつのすけ
 『心と口と行いと生活で』BWV.147より

3:【遙学園 音楽クラブ】(合奏・合唱)
旧友           作曲/K.Teike  編曲/中村晴子
ハイ・ホー         作曲/F.Churchill  編曲/中村晴子
愛は勝つ         作詩・曲/KAN  編曲/今村康

4:【松下耕典&澤田紀世美】(バリトン&ピアノ)
いない人 L'absent      作曲/グノー
森にひとり Feldeinsamkeit  作曲/ブラームス

5:【コラボ musica-2011 北村智恵&望月優】(朗読&ピアノ)
東日本大震災被災遺児たちによる詩集 より
「3月10日まではいい日だったね」
「ケンカ、全部あやまるね」(再演)

6:【金剛龍謹 宇髙徳成 山田夏樹 惣明貞助】(能の音楽)
一、仕舞
  田村 キリ   惣明貞助
  羽衣 クセ   宇髙徳成
  殺生石     山田夏樹

二、連吟
  放下僧 小唄  惣明貞助
          宇髙徳成
          金剛龍謹
          山田夏樹

三、仕舞
  簓之段     金剛龍謹

7:【岡本麻子】(ピアノ)
幻想曲 ニ短調 KV.397       作曲/モーツァルト
バラード 第1番 ト短調 op.23   作曲/ショパン

8:【上村朝子&望月優】(ソプラノ&ピアノ)
悲しくなったときは     作詩/寺山修司  作曲/中田喜直
アヴェ・マリア        作曲/カッチーニ
天使のセレナーデ      作曲/プラガ (チェロ:雨田一孝)  

9:【雨田一孝&雨田万由美】(チェロ&ピアノ)
ル・グラン・タンゴ Le Grand Tango     作曲/ピアソラ

全員合唱「あしたのために」



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みんなの音楽 第9回 エッセイ

「一期一会のコンサート」 ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信76号「胸にしまっておけないドラマ」より転載


「ケンカ、全部あやまるね」  A・H(宮城県・小3女子)
 わたしは東日本大震災がおきた日の朝に、お母さんとケンカをしました。
 そしてあやまりもせず、おこってランドセルをせおい学校に行きました。
 授業が終わったとき、わたしは、お母さんはもうおこっていないと思いました。
 それを早く知りたくて、走って家にもどろうとして橋の上の真ん中くらいにいたとき、
 「ドシン、ドッドーン」
 と、大きな音がなりひびき、それと同時に、大きな横ゆれがしました。
 サイレンがなり、大つなみけいほうがでました。
 わたしはまっさきに、家に帰ろうとしました。
 その時、「ダメ」と声がして、目の前に高校生の女の人が立っていました。
 5分後、大つなみが来て、橋はどこかへながされてしまい、みんな学校にもどりました。
 1日目はほとんどの親が迎えにきてくれませんでした。
 2日目はわたし以外のほとんどの人の親が迎えにきて、帰っていきました。
 3日目に、わたしのお姉ちゃんが迎えにきてくれて、とっても泣きました。
 そのときわたしはあることに気がつきました。そしてお姉ちゃんに、「ねえお母さんは?」と聞きました。
 お母さんは死んでしまっていました。
 いまだにお母さんがおこっているままなのかどうかは、わからない。
 わたしは、お母さんのことだから、もうおこってはいないと思う。
 でもおそうしきの時、わたしは大泣きしました。
 お母さんの顔を見ると、「おこっている顔」をしていました。
 わたしは、ゴメンネ......とつぶやきました。
 するとお母さんの顔は笑いました。うれしかった。
 今までのケンカ全部あやまるね。ゴメンネ......。これからも笑顔でみまもっていてね。
 わたしはお母さんが見つかってからいつも金曜日の2時46分に、ベルを鳴らしています。
 そうしてお母さんに「ゴメンネ」を送っています。
 ちゃんと聞こえていたらいいです。

 東日本大震災で母親を亡くした小学三年生の女の子の作文である。昨年度の「みんなの音楽」のサポーター会費から必要経費を除いた全額を、東北大震災で遺児・孤児となってしまった子どもたちのための義援金として今年も「あしなが育英会」に届けるために、窓口となって貰っている神戸レインボー・ハウスへ届けに行った折り、そこで頂いた被災遺児たちの文集を読んで、私は、今年の希望コンサート「みんなの音楽」では、この作文の朗読をピアノとのコラボにしたいと、目を通した途端に思った。もう一つ小学一年生の文章で「3月10日まではいい日だったね」というタイトルにも心惹かれたが、「震災」とは何かということを、かくも平易な子どもの言葉で、かくもリアルに、かくもシビアに、人々に伝えてくれるものはないと思い、この文章を選んで舞台で朗読させてもらうことにした。
 何と真実な言葉だろう――「哀しい」「淋しい」「辛い」といったような、感情を表す、よくある言葉は一切でてこないが、三月十一日の朝までは、どこにでもあるような平凡な「日常」が、その日、突如として「日常」ではなくなった、これが人間にとっての最大の不幸なのだということを、この子は事実を羅列するだけで伝えてくれている。切なくて、切なくて、何度読んでも泣けてくる。大好きな母親――どんなことがあっても自分を愛し許してくれていた母のことを、いつものように「もう怒ってはいない」と信じ、それを早く知りたくて走って帰る途中に起こった大津波――。通学路に実在し、津波で流され渡れなくなってしまったその橋は、この子にとっての、「現し世」と「彼の世」とをへだてる「渡れざる橋」と化してしまった。  「どんなことがあっても」「いつものように」すぐにいつもどおりの「日常」に戻ることを信じて疑わなかったこの子の「どんなこと」の中には、大津波や母の死など入っていなかったのだ。よくある風景、よくある場面、家庭の「日常」、この子の「日常」が、ある日突如として「日常」ではなくなってしまったことへのとまどいと後悔――。その日の朝「ゴメンネ」を言わずに学校へ出かけてしまったことが、おそらく一生この子の背負い続けるであろう十字架となりそうで、その気持ちを想うと、不憫で、切なくて、かわいそうでかわいそうで泣けてくる。遺体が見つかってから、毎週金曜日の2時46分にベルを慣らし、天国に向かって「ゴメンネ」を送り続けているその子の最後の一行「ちゃんと聞こえていたらいいです」という、「子どもの言葉」は、何とひたむきで真実な言葉だろう。読み終えてこちらまで祈る思いになる。
 実際に、教え子の創作ピアノとのコラボレーションでこの文章を朗読し終えたとき、客席で泣いている人が多く見受けられた。誰もが自然にこの子の気持ちに寄り添っていると感じられた瞬間であった。今年の〝希望コンサート「みんなの音楽」〟のプログラムの一つに入れて本当に良かったと思った。

 常づね私は、コンサートというものはメディアの一つであると考えている。音楽を通して、人々が共感したり分かち合ったりできる、人間にとって大切なものを伝え合うのがコンサートであり、それは、「主義・思想」ではなく、人としての情や愛の中に、この「時代」や「社会」を共に生きて行くよしみと知恵のようなものを生み出す力を持っている。
 今年の「みんなの音楽」のプログラム前半は、①高齢者9名による、アコーディオン一台を伴う複音ハーモニカのアンサンブル、②児童養護施設(遥学園)の子ども達の合奏、③アマチュアのハープにプロのチェリストが加わってのデュオ、④全盲ピアニストと全盲オカリナ奏者によるデュオ(埼玉・東京からの参加)、⑤ヴィオラとピアノのデュオ(広島より参加)、⑥四手ピアノ連弾(栃木・愛知より参加)、そして後半は、前述のコラボ⑦(東日本大震災被災遺児の作文朗読とピアノ)、⑧柳川三味線(京三味線)による地唄、⑨クロマティック・ハーモニカとピアノ、⑩ピアノ独奏、⑪バリトンとピアノ、というふうに、ジャンルや楽器、演奏形態等、まさしくバラエティーに富んでいたうえ、回収されたアンケートによると、プロの演奏のクオリティの高さやプログラム上のサプライズ、そしてやはり、アマチュアの演奏に関しては、そのひたむきさや思いの強さ、人の心に何か暖かいものを呼び起こす瑞みずしさ――「ほのぼの」と「しみじみ」の尊さに、多くの方がたが感動されたようで、それらも含め二時間半が短く感じられたという感想が多かった。
 九回目にして初めての楽器、柳川三味線(京三味線)は思いがけず「初めて聴いた」という子ども達や若い人達からも好評で、「言葉やその意味は解からなかったのに、声や節まわし、楽器の音色など、音楽そのものに引き込まれてしまいアッという間に終わってしまった」という人が多かったので、楽器やジャンルの説明だけでなく、唄(「黒髪」)の内容も説明しておけば良かったとアンケートを読んで反省した。また、この「みんなの音楽」のサポーター会の呼びかけ人のお一人でもある、クロマティック・ハーモニカ奏者、和谷泰扶氏の演奏は、それを聴いたすべての人の心の襞に分け入り、魂を呼び醒まし、暖かい涙で潤した「祈り」そのものだった。カッチーニの「アヴェ・マリア」、カザルスの「鳥の歌」、という選曲そのものにも彼の思いを深く感じることができたが、「シンドラーのリスト」を舞台袖で実際に聴きながら私は、かつて、自分がアウシュヴィッツのユダヤ人収容所を訪れ、毒ガスによって大量虐殺を受けたユダヤ人の、残された荷物(というより没収された金目の物や、ナチスにとっての軍需用品に再生産される目的だった金属類、等)の中に、「ハーモニカ」を見つけたときの、当時の自分の戸惑いや、虐殺される直前までそれを持っていた人のことを想い、込み上げてきた、当時の感情ややるせなさまで図らずも思い出し、泣けてきた。おそらく彼も同じ場所でそれを見つけ、「ハーモニカ奏者」として、特別の祈りを持って演奏していることが、「シンドラーのリスト」のテーマ曲だからこそ、その音色に託されていて、深く伝わった。ピアノ独奏の「月光」も、特に終楽章は、不屈の精神とひたむきさに多くの方が感動されたことと思う。
 コンサートの最後に、阪神大震災直後に作曲された「イモトのおっちゃん」という歌を、バリトンの岡田征士郎氏に歌って頂くことを、私は最初から決めていた。私がこの曲をリクエストしたのは、やはり、東日本大震災で生活やすべてを失いながらも一命を取り留めた人達へのエールである。如何なる喪失感の中をも、命あることのみ尊く思い、逞しく前向きに生きてほしいと願い、祈り続けている私達の思いを、十八年前に、あの阪神大震災を経験した人達から生れたこの曲に託して届けたかったからであった。
 今年もこの、希望コンサート「みんなの音楽」のサポーターとなって下さった方がたの支援で、舞台と客席が一体となった暖かいコンサートを実現させ、その感動を分かち合えたことに今、心から感謝している。サポーター、出演者、聴衆、スタッフ、すべての方がたに、心から。
 ――今年も、それは、一期一会のコンサートであった。



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みんなの音楽 第9回 プログラム

1:【ゆう・もあ~ず】(ハーモニカ・アンサンブル)
シャローム        イスラエル民謡
郷愁のロンドンデリー   アイルランド民謡
結婚式のポルカ      フィンランド民謡

2:【遥学園 音楽クラブ】(合奏・合唱)
小さな世界    作曲/ロバート・シャーマン リチャード・シャーマン
スターウォーズ・ファンファーレ 作曲/ジョン・ウィリアムズ
ミッキーマウス・マーチ     作曲/ジミー・ダッド
カントリー・ロード  作詩・曲/ジョン・ダッド ビル・ダノフ タフィ・ナイヴァート
           日本語訳詩/鈴木真実子

3:【近藤愛&雨田一孝】(ハープ&チェロ)
埴生の宿        作曲/ビショップ
浜辺の歌        作曲/成田為三
秋の散歩道       作曲/Marcel Tourn

4:【山岸尉泰&森田佳那子】(ピアノ&オカリナ)
即興曲 変ト長調 作品90-3    作曲/シューベルト
ジブリ・メドレー

5:【abi(アビ) 今井ヨシエ&水本恵湖】(ヴィオラ&ピアノ)
愛のあいさつ      作曲/エルガー
ユーモレスク      作曲/ドヴォルザーク
千の風になって     作曲/新井満

6:【大山秀子&岡林由香】(ピアノ4手連弾)
民謡主題によるスコットランド行進曲   作曲/ドビュッシー

7:【コラボ musica - 2011 北村 智恵&望月 優】(朗読&ピアノ)
東日本大震災被災遺児たちによる詩集 より
「ケンカ、全部あやまるね」

8:【飛山百合子】(柳川三味線)
黒髪(くろかみ)    作曲/初世 湖出市十郎

9:【和谷泰扶&和谷麻里子】(クロマティック・ハーモニカ&ピアノ)
アヴェ・マリア     作曲/カッチーニ
鳥の歌         作曲/カザルス
シンドラーのリスト   作曲/ジョン・ウィリアムズ

10:【高木知寿子】(ピアノ)
幻想風ソナタ 嬰ハ短調 作品27-2(「月光」)   作曲/ベートーヴェン
Ⅰ アダージオ・ソステヌート
Ⅱ アレグレット
Ⅲ プレスト アダージオ

11:【岡田征士郎&江頭義之】(バリトン&ピアノ)
我が宿         作詩/レルシュタープ 作曲/シューベルト
菩提樹         作詩/ミューラー 作曲/シューベルト
イモトのおっちゃん   作詩/玉川侑香 作曲/中西覚

全員合唱「あしたのために」



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みんなの音楽 第8回 エッセイ

「人が繋がるということ」 ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信72号「心を紡ぐ」より転載


 ムジカ工房フェスタと位置づけ例年、少しでもホールを押さえやすいように工夫して、一日めは夜だけ借りて調律やリハーサル、二日めは「リトルピアニストのつどい」(私のピアノ教室の発表会)、三日めを「希望コンサート・みんなの音楽」にあてている。毎年、二日連続でコンサートを開催するだけでも大変といえば大変に違いないが、とりわけ第八回の今年は、例年では全く問題のない私でも、さすがに本当に大変な二日間だった。一日めの「リトルピアニストのつどい」が四十周年の会だったために、出演者の多いそのコンサート終了後、出演者メンバーと保護者たち全員が、同じ敷地内の別の会場に移動し、125名が参加する記念パーティーが開催されることになっていた。ところが、実は、全く同じ時刻に、岩手県からやってくる25名の男子学生たちを高槻市内の別の場所で迎えることを同時進行させなければならなかったからである。岩手の学生たちは、二日めの「希望コンサート・みんなの音楽」に出演参加するために来てくれたのだが、全員、幼児教育学科の短大生、しかも、その中には、自身が昨年の大震災の被災者という学生も何人かいて、経済的な問題もあり、結局彼らは、一人の引率者、二人のバス運転手と共に、学校の(ということはリクライニングもできない)バスに乗って高槻まで来ることになった。「みんなの音楽」サポーター会費の中から少しは援助させてもらうつもりではいたが、東日本大震災における被災遺児孤児支援のための義援金として、年会費の半額を現地に贈ることを決め賛同もしくは了承してもらっている以上、最初の予定をはるかに上回る人数の学生がやってくることになったからといって、予定額以上を出費することはできない。しかも、二十歳前後の男子学生たちばかりである。引率の先生からも「相撲部屋の如くよく食べます」と聞いている。せめて食べる物だけはおなかいっぱい食べさせてあげたいので、いろいろと考えてみた。「数人ずつに分けてホーム・ステイ」という方法もあり、私がいつも行く美容院の先生のように引き受けを申し出て下さった方もあったが、学生達が心細かったり、気兼ねがあってもいけないと思い、私の家の近くに在る「のびてゆく幼稚園」の広い遊戯室に、学生達全員を一緒に宿泊させてほしいとお願いしに行った。
 その幼稚園は私自身が園児たちに20年ほど前から毎月歌唱指導に通っている私立の幼稚園である。園長先生は、私の話を聞くや否や即座に、「智恵先生がなさることにお役に立つようでしたら喜んで!」と、本当に即座に引き受けて下さり、あまりの嬉しさに涙が出た。しかも、「園児のお泊り保育のときに利用するレンタル業者に頼んで、学生さん達用のお布団もこちらで用意します。それから、十何時間もバスに揺られて来られるのですからきっと疲れると思うので、近くの温泉につかってもらってはどうでしょう。疲れをとってさっぱりしてから園にいらしていただいたほうがいいでしょう? 東北支援という位置付けで、それらの費用はこちらで持たせていただきますから」とまで申し出て下さった。
 二日続きで3つのイベントを抱えていた私のことを思いやって下さり、結局、そのうえ食事の世話まで幼稚園でして下さることになった。学生たちが二日間毎回ずっとお弁当ばかりではかわいそうだからと、前日にこちらの関係者で作りに行くつもりだったカレーやサラダを、結果的には幼稚園の給食室で専門の方が作って下さることになり、布団を敷くための遊戯室の清掃も含め、目に見えないところで園の職員や調理員の方がたにも随分お世話になったと思う。七升の米飯、百食近いカレー、加えて私の友人が、若い学生達のために鳥の唐揚げを何キロも揚げてくれたり、また、それらを入れる容器をたくさん買ってきてくれた人もあったり、いろんな人達の力に支えられ、学生達は、きっと、心に残る夕食になったと思う。そして、突発的に何か起こったときの責任・判断や、細ごまとした世話のために、主催者である私達夫婦もその幼稚園に学生達と一緒に泊まるつもりをしていたら、「二日続きの幾つものイベントできっとお疲れになるから代わりに私達が泊まってお世話します」と申し出て下さった方がたがあり、結局その方たちにお願いすることになった。翌朝は焼きたてで届いたパン百五十個を飲み物と共にほとんどたいらげて彼らは元気いっぱいでホールへやってきた。若者は本当に気持ちがいい。その数日前、私の夫がいつも通っている歯科医院で「みんなの音楽」のチラシを置いてもらっているので、その先生と岩手の学生達の話になったとき、「岩手の学生さん達にこれで蓬莱551の(大阪の)〝豚まん〟を人数分買って、帰りのバスの中で食べてもらって下さい」と、費用をカンパして下さった。遠隔地からも多額の現金を送って下さった方があり、大変な二日間だったからこそ、今回つくづく実感したが、私の周囲は、何と良い人達、暖かい人達ばかりなのだろう。本当に有難く、感謝してもしきれないほど多くの方がたにお世話になった。

 当日のコンサートは、いつものように、まさしく「みんなの音楽」にあふれる会場となった。
 私自身は昨年同様、東北にちなんだ詩の朗読と教え子の創作ピアノとのコラボレーションで10分ほどの時間を貰ったが、今年は、そこに、東北出身のカメラマン、長年このムジカ工房通信の表紙を飾ってもらっている岡本央(さなか)氏からの提供で、被災地の風景や被災者の写真をスクリーンに映写したので、実際には三者のコラボと言うべきだろう。今年、私は被災者詩集から選んで、4歳になる我が子の「つぶやき」を受けとめて書いた、若い母親の詩を朗読した。その詩の最後は4歳の男の子のひとこと。

 「おかあさん、せっかくいきてるんだから、あそんで。――あそぼ。」

 子どもはすばらしい。何という大きな希望だろう。津波に家を流され、恐ろしい思いをし、最終的には親子三人の命が残っただけ。大人は、失ったものの大きさに打ちひしがれ、あまりの喪失感や、明日以降への心配と絶望感で胸がふさがってしまっているというのに、「今」を、いつものように、精一杯生きている「子ども」というものの存在の、何という素晴らしさ。「この子のために頑張ろう」と親なら誰しも思う言葉だ。親ならずとも、そんな純粋でいたいけな子どもの言葉を聞いてしまった大人なら、誰しも感動し、そんな子らを守りたくなる。そう思ってその詩を選んで朗読したが、会場内で泣いている人が何人もいた。子どもというものの存在は、社会において、本当に大きな「希望」だと改めて思った。

 シルバー世代20余名のオカリナの演奏は、指導する先生の人柄がしのばれる無理のない自然な暖かい演奏だった。その中には少し若い、視覚障がいを持つ女性が一人いて、伴奏が入ったときのピアノも全盲の青年だったが、音楽するということにおいては視覚障がいなど、何の「障がい」でもないということもきっと会場の皆に伝わったことと思う。
 また、7歳・4歳の子どもを含む親子三代で歌われた童謡は、それだけでほのぼのしていた。最近では年齢の異なる人達が一緒に歌を歌っている姿そのものが、滅多に見られない光景となってしまっている。ましてそれが「童謡」となると皆無に等しい。だが、このファミリーは、申し込まれた30代の女性から見て、60代の母親、30代ダウン症の弟、30代の妹、そして7歳・4歳の我が子、と、まさしく三世代親子と三きょうだいということになる。しかもその女性はその若さで夫を癌で失くした、いわゆる未亡人でもあり、子育ても大変な毎日と思うが、素晴らしい笑顔で、素敵な詩の楽しい歌「て・て・て」と、優しい詩のかわいい歌「雨」を、ファミリー全員、心を合わせて歌っていた。「雨が 雨がふっている。きいてごらんよ 音がする。ぴちぴちぱしゃぱしゃ 音がする。ほーらお池にふっている。金魚はどうしているかしら」――ふりをつけて一生懸命歌っている幼い子どもの姿は、とても可愛くて、場内の人々の笑みを誘っていた。
 毎年出演している児童養護施設の子どもたちは、昨年に比べて一段と演奏のまとまりが良くなってきたが、それは指導員の先生方の努力と共に、子どもたち自身の気持ちが安定し、心を合わせることの大切さが少しずつ解ってきて、素直になってきたり態度が良くなってきたことに起因すると思った。このコンサートに出演しだした初めの1~2年は、まじめさがなかったり、荒れている子がいたり、ふてくされたような態度をとる子もいたが、私は、そういう子どもたちだからこそ、みんなで音楽することを通して、また、このコンサートに参加することを通して、「育ってほしい」と思い、担当の先生に話をした。「この子たちを"育てる"ことにこのコンサートを利用して下さい。」と。「だから、毎年参加して下さい。」と。それは"音楽で人を育てるのが音楽教育"という私の考え方の根幹でもあり、客席の聴衆の拍手や暖かい眼差しがその子たちを育てることでもある。どんなに未熟な演奏であったとしてもそのことでその子たちが良い方向に育つのであれば、それこそ「みんなの音楽」の原点ではないか。そしてそのような方向に育ってゆけば、演奏も必ず良くなるというのが私の持論でもある。この施設は昔は、戦災孤児たちが育っていった児童養護施設として有名だったが、今では、両親の離婚で父親にも母親にも引き取られることなく、両親が生きているのに一緒に暮らせないという事情の子どもたちがほとんどであると、その校区の先生方に聞いている。大人たちの言動や生き方に傷つき、大人不信を抱いた子どもたちが多いのだから、せめて「音楽する」という接点、その一点だけでも、自分がみつめられることや、大きな拍手をもらうことで、その子たちの自信に繋がり、仲間を大切に思う心に繋げてくれたら――と、私は希望を持ってその子たちの演奏を毎年楽しみに聴いている。
 第8回にして初めて舞台に乗ったグランド・ハープの演奏は、京都で社会福祉学科に学ぶ大学生だったが、楽器の移動に関しては、私達主催者の都合に合わせて開館前の早朝に搬入して下さり、実家のご家族や親切な楽器業者の方に随分お世話になった。初めてグランド・ハープを見たらしい小学生くらいの男の子が、休憩時間に、体の前で両手をくねくねさせてハープを弾く真似?をしていたことがとても印象に残った。
 プログラム前半最後の全盲の青年が弾くショパンのバラードも、また後半でウィーンの音楽大学からやってきたポーランド青年の爪弾くクラシック・ギター演奏も、とても端正で誠実な演奏だった。
 ヴァイオリン独奏も、木管五重奏も、筑前琵琶も、チェロ独奏も、それぞれの世界で活躍しておられるプロばかりだが、今回印象に残ったのは、それぞれの方が皆、ご自分のお得意な曲を選ぶのではなくて、この会に相応しい曲、つまり「励まし」や「癒やし」「願い」や「祈り」を感じさせるような曲ばかり選曲して下さっていたということであった。そのことこそが、やはり「プロフェッショナル」なのだと心から思った。
 最後の二台ピアノでは、この会のために東北支援の思いをこめて作曲された「南部牛追い歌幻想曲」が初演された。舞台で演奏するピアニストたちだけでなく、作曲家、舞台スタッフ、ロビー・会場スタッフ、すべての人が力を合わせ、今年も、心のこもった熱いコンサートとなった。

 ――本当に様ざまな人たちの様ざまな「音楽」が、場内の人びとの心を癒やし、励まし、人びとは、共感することで繋がったと思う。  私は、岩手から来た学生達、若い青年達に、そのことを体験してほしかったのだと思う。今の、この殺伐とした世の中で、大人たちが、音楽を通して一生懸命していることや、そしてそういう人同士が繋がり築いてきた「人間関係」「信頼関係」の大切さを知ってほしかったのだと思う。
 彼らの手づくりカホンのリズムはホールに轟くほどの迫力があったし、決してうまくはないけれど一途さとひたむきさにあふれた彼らの歌は、やはり人びとを感動させ、アンケートには「感動で涙が出ました」と書かれたものが多かった。
 全員合唱を終え、彼らが岩手へ帰るためにホールの裏口に停めてあったバスに乗り込んだとき、善意の「大盛り弁当」と「551の豚まん」と「差し入れパン」が既に積み込まれていた。発車時刻に合わせて「できたて」を取りに行ってくれた人たちの善意も見逃せない。バスが発車した後、終演後それぞれ駅へ向かう、客席にいた六百名の人びとが、信号で立ち止まっている「修紅短期大学」と車体に書かれた岩手ナンバーのバスを見つけ、一斉に手を振り、「元気でね!」「頑張ってね!」と、沿道を埋め尽くす人びと、音楽で心を一つにした人びとの声で盛り上がり、学生達も胸がいっぱいになって帰途についたと、あとから手紙や感想文がたくさん届いた。
 若い人たちに、音楽で人が繋がるということを、また一つ伝えることができたかと思う。



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みんなの音楽 第8回 プログラム

1:【オカリナ"ぷぷ"と仲間たち】(オカリナ)
八 木 節          群馬民謡
竹田の子守唄        京都民謡
コンドルは飛んで行く    作曲/ロブレス
しあわせ運べるように    作曲/臼井真

2:【梅干ファミリー】(うた)
て・て・て         作詞/まどみちお 作曲/渡辺茂
雨             作詞/杉山米子  作曲/小松耕輔

3:【遥学園 音楽クラブ】(合奏・合唱)
聖者の行進         Traditional        編曲/中村晴子
ひょっこりひょうたん島   作詞/井上ひさし・山元護久  作曲/宇野誠一郎 編曲/若松正司
天国と地獄         作曲/オッフェンバック   編曲/中村晴子
愛をありがとう       作詞/奈良和江・浅利慶太  作曲/三木たかし

4:【近藤愛】(ハープ)
グリーンスリーヴス     イングランド民謡
カノン           作曲/パッヘルベル

5:【福田正人】(ピアノ)
バラード 第3番 変イ長調 作品47    作曲/ショパン

6:【修紅短期大学 男子タッチベルクラブ】(タッチベル、カホン、うた)
ゴーウェスト        作詞・作曲/Pet Shop Boys 編曲/鈴木美樹子
かえるの合唱        ドイツ民謡
カノン           作曲/パッヘルベル 編曲/鈴木美樹子
こころの花         作詞/菊地政隆 作曲/よしざわたかゆき 編曲/鈴木美樹子
笑っていよう        作詞/菊地政隆 作曲/よしざわたかゆき 編曲/鈴木美樹子
勇者よ 急げ!       作詞/谷川慎平 作曲/すぎやまこういち
りょうて たたいて     作詞/菊地政隆 作曲/増田裕子 編曲/鈴木美樹子

7:【コラボ musica - 2011 北村智恵&望月優】(スライド、ピアノ、朗読)
震災詩集 より  写真・岡本央

8:【ヤン・チモシュコ Jan Cimoszko】(ギター)
フーガ ト短調                作曲/J.S.バッハ
アンダンテ(ギターのためのソナチネ より)  作曲/F.M.トローバ

9:【曽我部千恵子&新ゆう】(ヴァイオリン、ピアノ)
美しきローズマリー     作曲/クライスラー
愛の悲しみ         作曲/クライスラー
愛の喜び          作曲/クライスラー

10:【セント・マーティン・オーケストラ 木管5重奏団】
ディベルティメント     作曲/ハイドン
Ⅰ アレグロ・コン・スピリート
Ⅱ 聖アントニのコラール
Ⅲ メヌエット
Ⅳ ロンド・アレグレット

11:【片山旭星】(筑前琵琶)
葵 上

12:【雨田一孝&雨田万由美】(チェロ、ピアノ)
散華Ⅲ           作曲/平塚景堂
ふるさと          作曲/岡野貞一
親愛なる言葉        作曲/カサド

13:【清水道代&高瀬佳子】(2台ピアノ)
東北民謡幻想曲(南部牛追い唄・会津磐梯山)  作曲/十河陽一
アルメニア狂詩曲               作曲/アルチュニアン&ババジャニアン

全員合唱「あしたのために」



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みんなの音楽 第7回 エッセイ

心ひとつに 祈りをこめたコンサート ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信69号「心を紡ぐ」より転載


 この夏、7月18日、今年も「希望コンサート・みんなの音楽」が開催された。いつのまにか第七回。主催主旨は、毎回、案内チラシやプログラムの表紙に明記しているように、この社会の中で、人間にとって音楽とはどうあるべきかを問い続けること──音楽が人を支え、音楽で人が繋がる、そのようなコンサートを目ざし、また、実現させているわけだが、この世知辛い今の世の中でそんなことができるのは、何よりも、このコンサートのあり方(=理想のコンサート)に賛同し、支援して下さっている「サポーター会員」のおかげと感謝し、有難く思っている。「ありがとう」は「有難い」の連用形「有難く」の音便と思うが、こんなコンサートのあり方と、コンサートの「開催」そのものを支持する「サポーター会」が生れ、六年も維持されていること自体が今の日本ではまさしくあり得ないこと、存在し難いこと、つまり言葉どおり、有り難いこと、と思うにつけ、本当に心の底から感謝が湧いてくる。
 現在386名のサポーター会員は、決して全員が関西在住の人たちばかりではない。この通信を手にして下さっている方がたを含め、全国各地からサポーター会費を送って下さっていて、ここ3~4年の間に、サポーター会も、舞台で演奏する人たちも、全国区(?)となってしまっているのだ。音楽を通して、全国の心ある人たちが繋がっていることを、とても嬉しく、また尊いことと思っている。
 今年3月11日、東日本で未曾有の大震災と大津波が発生し、私たちはなすすべもなく立ち竦む日々を過ごした。阪神大震災のときと同じように、今の自分の身で、被災地に対してできることというのは、やはり「音楽」を通してのことしかない。毎年開催し続けている「希望コンサート・みんなの音楽」を意図あって入場無料とし、それをサポーター会費で運営している以上、サポーター会費のうちの何割かを義援金とすることでしか被災地へまとまった支援を送ることができないと考えた私は、今春の、サポーター会費納入の案内を送るときに、「おそらく会員の皆様にご賛同いただけることと想い、今年度よりサポーター会費の半額を東日本大震災における被災遺児たちへの義援金とさせていただきます。」と書き添えたら、何と、多くの方たちが、今まで一口(千円)振り込んで下さっていた方は二口(二千円)の振込み、そして経済事情で一口のままの方でも更新の手続きのときに新規の友人を誘ってきて下さったりした。
 「このコンサートは本当にいつも感動と元気を貰って帰れるので、ポシャってほしくないんです」「いいコンサートを聴くことでそれが東北の人たちへの義援金になるのなら、私たちこそ幸せです」等々、本当に有難い人たちばかりである。いろいろなことを考え合わせ、今回からゲスト以外にも様ざまなジャンルにおけるプロの演奏家の出演を増やすことにした。

 そうして今年も、バラエティに富んだプログラムで「みんなの音楽」を開催することができた。
 今年度のオープニングは、和歌山から参加された「五十の手習い・仲良し主婦七名」によるトーンチャイムの演奏だった。「荒城の月」「ドレミの歌」と共に「アメイジング・グレイス」はまさに癒やしの音色そのものだった。
 二番目は「遥学園音楽クラブ」。かつて戦争孤児のために建てられた児童養護施設だが、現代では両親の離婚の際、事情あって父母のどちらにも引き取られなかった子どもたちが多いそうだが、今年は、寄付による金管楽器が何本か入り、幼い子どもたちの歌声も可愛く、感動で涙している人たちも多くいた。
 三番目は、高槻市の小中学校の教師退職者三十数名による混声合唱。「皆で手を取り合い明日を信じて生きて行こう」という思いがこもった「ビリーヴ」は真摯な歌いぶりで好感が持てた。
 四番目は、五指欠損の左手と右手五本指による女性のピアノ独奏で、バッハの小プレリュード。同じような障害を持つ子どもたちにとっては大きな励みになることと思う。
 五番目は東京からの参加でソプラノ独唱。「東北地方のことを歌った曲を選びました。音楽によって人びとの心が少しでも繋がりますように」という彼女自身の思いがよく伝わる「鳩笛の唄」「悲しくなったときは」は、心がこもっていてしみじみと切せつと伝わるものがあり、まさしく歌は祈りであった。
 六番目は、「蜂」と「雀」のジョイント合唱団。京都「蜂ヶ岡保育園」の保護者たちと、同「朱雀高校定時制」生徒・保護者・教員による合同ステージ。作曲者も川崎から来られていたが、「この星の名は地球、戦争はいらない」と歌ったあと、福島の原発事故に思いを馳せ、作曲者に了解を得て、「この星の名は地球、原発は要らない」と、替え歌にして訴えておられた。
 プログラム七番は前半最後、奈良県生駒市から参加、28名のゴスペル。このコンサート始まって以来、初のゴスペラー登場の舞台となった。楽しく賑やかに、会場の聴衆もほとんど椅子から立ち上がり、手拍子を打ちながら一緒に歌う姿はライヴならでは。この会でのこういう光景は初めてだが、これも一つの音楽の力だと思った。
 後半の初めはプログラム八番、詩の朗読と即興ピアノのコラボレーション。私自身が宮澤賢治の「永訣の朝」を朗読し、教え子(ムジカ工房スタッフ)の即興ピアノとのコラボであったが、東北人の高潔な魂が溢れ出るこの詩を朗読するにあたって、花巻にある宮澤賢治記念館の学芸員の方やイーハトーヴ資料館の方に、「花巻弁」のアクセント等についていろいろとお世話になり良い勉強をさせてもらった。今回は、どうしても賢治に象徴される東北の人たちの魂の高潔さを音楽と合わせてみたかったから。
 プログラム九番は声楽アンサンブル。「父はピアニスト、母は声楽家。娘二人は音大生。〝譜めくり〟で息子も参加!家族ならではのハーモニーを奏でます」というキャッチ・コピーそのままの演奏で、音楽+αのぬくもりがあった。曲は「アメイジング・グレイス」と「ウィーン、我が夢の街」。
 そのあと、プログラム十番から十三番までは完全にその界のプロの演奏──「ツィゴイネルワイゼン」のヴァイオリン独奏に目を丸くし圧倒されていた子どもたちもいて、終ったときは夢中で拍手をしていた。都山流尺八本曲「木枯」の演奏が始まったとき、会場全体が水を打ったようになり、空気が張りつめ、人びとの呼吸が一つになっていた。毎年邦楽は必ず取り入れているが、こんな素晴らしい尺八の演奏と出会えた子どもたち、若者たちは、幸せだと思う。ジャンルがどうあろうとも、良いものは良い、和・洋の枠を超えて音楽は素晴らしいということを知り、一流の演奏家に心を鷲づかみされたような体験ができて、きっと心に残ったことと思う。また、「千の風になって」とピアノ伴奏付「アメイジング・グレイス」においては、「尺八」でこんな西洋音階のピッチを技術で作ってまで震災被災者への祈りを音楽で伝えようとされた演奏者の心が伝わり、会場全体が感動で一つの呼吸になっていた。
 最後はピアノ独奏でショパンのソナタから「葬送行進曲」と、映画「戦場のピアニスト」でも用いられていた「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」。演奏前にピアニストのコメントがあったように、その演奏もまた、東日本大震災で亡くなられた方たちへの「祈り」そのものであった。
 ゲストは、11年間のドイツ留学から帰国、現在関東を中心に、全国で活躍中の、アコーディオニストによる、珍しいクラシック・アコーディオンの独奏と、当日コメンテーターをお願いしていた音楽評論家・中山英雄氏との父娘デュオで、子どもたちにも知られている曲等の演奏があり、暖かい舞台となった。

 それにしても、今年の会は、やはり、東日本大震災を意識してのことであろう、「アメイジング・グレイス」が何曲も重なったが、楽器や演奏形態が異なるうえ、各人の思いがこもってのことと想い、あえて変更を依頼しなかった。このことに象徴されるように、今回は「祈り」の曲が多かった。音楽に祈りの心をこめられるということを「音楽家」も「音楽人」もよく知っているということの証しだと思う。
 当日50名を超える場内ボランティアも含め、出演者、聴衆、ホール・スタッフ、すべての人の心が一つになったコンサートだったと思ったのは、今回初めて行なった最後の全員合唱のとき──。
 すべてのプログラムが終了し、舞台と客席が一緒になって歌を歌った。客席にいた当日の出演者も再度、全員舞台に上がり、出演者総勢百三十名の歌声と、客席の聴衆全員の歌声が一緒になったとき、その歌声、その響きは圧巻であった。
 心が一つになるということ、これこそ音楽の底力だと思った。



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みんなの音楽 第7回 プログラム

1:【とーん♪】(トーンチャイム)
荒城の月          作曲/土井晩翠
ドレミの歌         作曲/R.ロジャーズ
アメイジング・グレイス    作曲/J.P.カレル&D.S.クライトン

2:【遥学園 音楽クラブ】(合奏)
聖者の行進         Traditional 編曲/中村晴子
夢をかなえてドラえもん   作詞・作曲/黒須克彦
見上げてごらん夜の星を   作曲/いずみたく 編曲/中村晴子
HAIL HOLY QUEEN    Traditional 編曲/M.Shaiman

3:【混声合唱団 こーる・ゆう】(合唱)
BELIEVE     作詞・作曲/杉本竜一
星に願いを   訳詞/島村葉二 作曲/L.ハーライン 編曲/若松正司

4:【山口佳子】(ピアノ独奏)
小プレリュード(リュートのための前奏曲)ハ短調   作曲/J.S.バッハ

5:【上村朝子】(ソプラノ独唱)
鳩笛の唄           作詞/清水みのる 作曲/中田喜直
悲しくなったときは      作詞/寺山修司  作曲/中田喜直

6:【「蜂」と「雀」のジョイント合唱団】(合唱)
この星の名前は地球      作詞/門倉さとし 作曲/長森かおる
少年の星           作詞/門倉さとし 作曲/長森かおる

7:【ゴスペル☆IKOMA】(ゴスペル)
We Come To Magnify His Name 作詞・作曲/J.Adams
This Little Light Of Mine  Traditional 編曲/橋本エミ
Ode To Joy - Joyful Joyful  作詞/H.v.Dyke 作曲/ベートーベン 編曲/橋本エミ

8:【コラボ musica-2011 北村智恵&望月優】(朗読、ピアノ)
永訣の朝     詩/宮澤賢治

9:【Zen's Club】(女声アンサンブル)
アメイジング・グレイス
    作詞/J.ニュートン 作曲/J.P.カレル&D.S.クライトン 訳詞・編曲/山室紘一
ウィーン、我が夢のまち
    作詞/あらかわひろし 作曲/R.ズィーツィンスキー 編曲/山室紘一

10:【石井聡子】(ヴァイオリン独奏)
ツィゴイネルワイゼン       作曲/サラサーテ

11:【小山菁山】(尺八)
都山流尺八本曲 木枯       作曲/初代中尾都山
千の風になって          作曲/新井満 編曲/野呂芳文
アメイジング・グレイス      作曲/J.P.カレル&D.S.クライトン 編曲/小山菁山

12:【林佳勲 Lin Jiaxun】(ピアノ独奏)
葬送行進曲(ソナタ 第2番 変ロ短調 op.35 第3楽章)   作曲/ショパン
レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ         作曲/ショパン

ゲスト:大田智美&中山英雄(アコーディオン)
ロンド風のミュゼット       作曲/J.Ph.ラモー
叙情小曲集より          作曲/E.グリーグ
 農夫のうた~小鳥~妖精の踊り
S.V.P.(シル・ヴ・プレ)     作曲/A.ピアソラ
大きな古時計           作曲/H.C.ワーク 編曲/中山英雄
ジョリー・カバレロ        作曲/P.フロッシーニ



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みんなの音楽 第6回 エッセイ

チンドン屋は出会わせ屋 ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信65号「各駅停車の音楽人」より転載


 チンドン屋というと、今や若い人たちには「それって何?」と言われそうだが、でも実は、毎年春に富山で開催される「全日本チンドンコンクール」には、今年も、プロ・アマ合わせて62組の参加、三日間のフェスティバルで、のべ人数30万人の見物客が集まっての大賑わいという健在ぶり。チンドン屋というのは、もともと、どこかの店がオープンしたことを宣伝したり、商店街の大売出しを知らせたり、言わば〝歩く広告宣伝部隊〟だが、音楽あり、踊りあり、「情報」あり、ふれあいあり、また、立ち止まっては双方向のコミュニケーションまで築ける最高のメディアではないかと思う。私自身、二歳半のヨチヨチ歩きの年齢のとき、家の前を通りかかったチンドン屋の楽しい音につられてついて行き、迷い子になってしまった体験がある。
 昨年の秋、ある新聞に「チンドン屋ライヴ」の記事が載っていたので聴きに行ってみた。
 大阪の、有名な通天閣(とは言え、何と私自身は大阪人でありながら生れて初めて!)のすぐそば、「新世界」(なぜこの名前?)と呼ばれる商店街の奥まったスペースに、仮設舞台のようなものがあった。その空間は、コーヒーやソフトクリーム、そしてさすが大阪、たこ焼の店などによって囲まれていた。
 その日は、林幸治郎さんという有名なチンドン屋さんの、流暢な語り、鉦・太鼓、それから何とも不思議な雰囲気の年齢不詳の女性が、次つぎと、アコーディオンの伴奏で、シャンソンや演歌、童謡、戦後のラジオ歌謡などを歌ったりして、歌あり語りあり、舞踊あり、曲芸あり、それはそれは楽しいひとときだった。
 そのチンドン屋ライヴには、チケットがあるわけではなく、また参加料が決まっているわけでもなく、募金箱のような小さな箱に、コインでも紙幣でも、各自が「志」を入れて帰るというシステムになっていた。私のあとに続いて千円札を折りたたんで入れたばかりの老婦人が、私に軽く会釈をされたので何気なく訊いてみた。「ここに、よくいらっしゃるんですか?」と。するとその人が答えた。
 「へえへえ、しょっちゅうでっせ。毎日かも。ハハハ。私、独り暮しですねん。家に居てもつまらんし、かと言うて、あちこち行くには膝が痛うて。ここやったら、ちか場で結構楽しましてくれはりまっしゃろ?ちょうどよろしいねん、ふん。ま、ありがたい、ありがたい。そうそう、なあ。よっこらしょっと。」
 そう言って椅子から立ち上がり、布袋を下げて杖をつき、足をひきずりながら帰って行かれる後姿を見て、思った。「ああ、この高齢化社会で、チンドン屋さんの果たす役割が、ここにも一つあるのだ。何と素敵な仕事なのだろう──。」と。
 しばらくして私は、そのチンドン屋さんに手紙を出した。私が主催している「みんなの音楽」というコンサートに、次回ぜひ出演してほしいという内容の手紙を──。
 そしてその封筒の中に「ムジカ工房通信」のバックナンバー──いつか、渋谷の駅前で偶然出くわしたチンドン屋のアルトサックスを吹いていた青年の話(№49「胸にしまっておけないドラマ」)、過去のエッセイも同封して送った。
 さて今年のお正月あけのこと── 千葉に住んでいる、あるピアノの先生から、深夜、私宛てに一枚のファックスが送信されてきた。私のことで何かを検索しているときに、知らない人のブログで見つけたという文章だった。"Newday"というグループの一人が初めてCDを出したという喜びの内容と共に、次のような文章が続いていた。
 『ちんどん通信社という、チンドン業界で最も大きい会社の社長、林幸治郎さんから年賀状を頂いた。年賀状は封筒に入って届いた。
 中には、北村智恵さんという人の書いたエッセイのコピーが同封されていた。そのエッセイには、その人が何十年ぶりかでチンドン屋を渋谷の町で見かけた出来事が書かれていた。そのチンドン屋の一人が、数年前の僕だった。
 〝サックスを吹いているその青年は、どこかの音大生かも知れないと思った。音色等、少しムラがあり、特別うまくはなかったが、下手でもなく、音楽性のある演奏だった。朝から人をこんなにうきうきさせるなんて、何と上等の音楽、何と上等の演奏なのだろう〟
 と書かれていた。
 数年前の僕を描写した文章。
 二十歳も過ぎてサックスを始め、音楽や人生にもがいていた僕は、音大生ではなかったが、音大生に憧れていた。でも僕が毎日吹く曲は、演歌、歌謡曲、そしてパチンコ台の曲だった。エッセイの中で僕が吹いていたのは、岡本敦郎さんの「朝はどこから」。あの頃、大好きで仕事のはじめによく吹いていた曲。演歌だって、童謡だって、アイドルポップスだって、演奏がうまくいき、その曲のすばらしさに気づいたとき、演奏しながら涙が出そうになることがある。この曲でもそんなことがあった気がする。
 「ムラがあり、特別うまくはなかったが、下手でもなく、音楽性がある」これ以上の褒め言葉は僕にはないです。ありがとうございます。 生れてきてよかった。』
 ──そう書いてあった。
 何という偶然なのだろう。何年も前に、偶然、渋谷の駅前で、私の目の前を演奏しながら歩き出したチンドン屋さんに驚き、その中の一人の若者の演奏に何かを感じてエッセイを書いた私。数年後、新聞でチンドン屋ライヴのことを知り大阪ミナミのある場所へそれを聴きに入ってみて老婦人の言葉に感動し、チンドン屋の演奏に「文化」としての「音楽」の価値を再認識し、その人(大阪のチンドン屋さん)にコンサート出演の依頼の手紙を書いて自分のエッセイを同封した私。そのエッセイのコピーを、大阪から東京へ、「この中に書かれている若者とはおそらく彼のことだろう」と想像して年賀状と共に当人へ送られた大阪のチンドン屋さん。それを受けとった東京の若いチンドン屋さんがそれを読んで嬉しかったこととしてブログに書かれた文章を、これまた他のことで検索中に偶然見つけて、私のところへファックスで知らせて下さった千葉のピアノの先生──。
 本当に何という偶然なのだろう。
 「チンドン屋」という職業を、一つのメディアと考え、ポリシーを持って自分の人生に選んだ人がいる。その人たちの生き方や、その演奏に、「文化」としての価値を見出し、「ムジカ工房通信」というちっぽけなちっぽけな私通信にエッセイを書いたり、コンサート出演を依頼した私という人間がいる。加えてそこに業界人同士のつながりを持つ人がいて、また、ネット上で偶然知り得た「情報」を、長年の人間関係から、自分のことのように喜んでパソコンを使用しない私のためにプリント・アウトして深夜ファックスで知らせてくれた人がいる。
 世の中は本当にうまくできている。一人ひとりが、疲れたり、模索していたり、元気をなくしているときにでも、自分が誰かの役に立っていることを知り得て、自分の役割の中でがんばろうという元気が出てくる。
 「生れてきてよかった」──私のほうこそ今、そう思っている。
 それにしても、「チンドン屋」は「出会わせ屋」かも知れない。
(NHKラジオ深夜便「ないとエッセー」 3月8日放送分をリライトし加筆しました。)



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みんなの音楽 第6回 プログラム

1:【摂津ひかり幼稚園&にこにこ保育園】(器楽合奏)
    コンドルは飛んでいく   作曲/ダニエル・アロミア・ロブレス
    手のひらを太陽に     作詞/やなせ たかし  作曲/いずみ たく

2:【杉本ファミリー】(ハンドベル・合奏)
    海            作詞/林 柳波  作曲/井上武士
    夕焼小焼         作詞/中村雨紅  作曲/草川 信

3:【ショパンの国から~Stareckiファミリー】(ポーランド民謡)
    ポーランド民謡メドレー
     美しいポーランド(ポロネーズ)
     農民が町から田舎へ帰ったとき(オベレク)
     赤いりんご(クヤヴィアク)
     丘からマズル人が降りてきた(マズルカ)
     御者(民謡)
     深い井戸(ワルツ)
     クラコフを去って遠い国へ行く(クラコヴィアク)
     夜がきた(子守歌)

4:【蘆野元子】(ピアノ独奏)
    春            作曲/W.F.バッハ

5:【遙学園 音楽クラブ】(リコーダー合奏)
    ねこふんじゃった     作曲者不詳   編曲/Yutata Akiyama
    ルパン三世のテーマ    作曲/大野雄二  編曲/川上潤治
    ホール・ニュー・ワールド  作曲/Alan Menken

6:【京都光華高校神楽和太鼓部&京都造形芸術大学瓜生山舞子連中】(石見神楽)
    大蛇(おろち)

7:【ちんどん通信社/林 幸治郎 小林信之助 ジャージ川口 風見花】
    ちんどん スペシャルライヴ!!

8:【横田聡子】(筝)
    アルテリーベの城     作曲/佐野恵子

9:【丸尾直子】(ピアノ独奏)
    24のプレリュードより  変ニ長調 op.28-15(「雨だれ」)  作曲/ショパン

10:【山口佳子】(ピアノ独奏)
    カンタービレ 変ロ長調(遺作)   作曲/ショパン

11:【智内威雄】(ピアノ独奏)
    前奏曲と夜想曲 op.9     作曲/スクリャービン

12:【ひかりQuartet】(弦楽四重奏)
    弦楽四重奏曲 第14番「死と乙女」より  第1楽章   作曲/シューベルト

ゲスト:仙崎和男(ファゴット)&松田みゆき(ピアノ)
    愛の挨拶            作曲/エルガー
    亡き王女のためのパヴァーヌ   作曲/ラヴェル
    ジュトゥヴ            作曲/サティ
    白 鳥              作曲/サン=サーンス
    オブリビヨン          作曲/ピアソラ
    リベルタンゴ          作曲/ピアソラ



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みんなの音楽 第5回 エッセイ

必然の出会い ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信62号「各駅停車の音楽人」より転載


 今年の希望コンサート「みんなの音楽」のプログラムに、大阪水上隣保館(遥学園)の子どもたちの歌と合奏が入っていた。大阪水上隣保館というのは、一九三一年に大阪湾の水上生活者や港湾労働者の子どもたちの 健全な養育を目的として創設された児童養護施設だが、大阪大空襲で全焼した後、一九五二年に現在の山崎へ移転した。 創設者(中村遥氏)にちなんで「遥学園」と名付けられた施設では、6歳から18歳までの子どもたちが生活を共に している。もとは水上生活者の子弟のための施設だったが現在では、一般の、そして、死別より両親の離婚に伴い どちらにも引き取られなかった子どもたちをはじめ何らかの理由で両親とも養育が困難もしくは不可能と いう状況にある子どもたちが多いと聞いている。しかも、「里親」にも恵まれなかった子どもたちである。 それぞれに事情はあると思うが、子どもの側からすれば、「親」の愛を知らないが故に、「おとな」 を信用していない、「人間」を信頼していない、そんな子どもたちがほとんどで、地域の小・中学校でも、 その子たちの荒れように心を痛めている教師も多い。
 さて、その遥学園の指導員、昔流に言うと「寮母」のような仕事をしている女性の一人が、実は大学時代、 「ピアノ教授法」という私の授業を選択していたピアノ科の学生でもあり、私は、彼女が、卒業後どこかで 「ピアノの先生」でもしているのだろうと思い込んでいた。今回、縁あって再会し、私のライフ・ワーク でもある「みんなの音楽」のコンサートに遥学園の子どもたち二十数名を連れて参加してくれることになり、 私にとってはとても幸福な再会で、嬉しいことが二つもあった。
 一つは、彼女が、大学卒業後、おそらくは想像にあまりあるほどの大変さを抱えた「児童養護施設」で 八年間も仕事をし続けているという事実。そしてもう一つは、ピアノを弾くということからは離れても、 そんな施設だからこそ、その中で、「音楽クラブ」を作って、親の愛やぬくもりを知らずにそこに入れられ、 淋しさや不安や孤独を抱えて寝食のみを共にするという生活を強いられている子どもたちが、せめて好きな 音楽を一緒に演奏したり歌ったりするときだけでも、楽しいひとときを持てたり、素直になれたり開放されたり するように、と、自分が長年勉強してきたことを生かして、「音楽」に希いを持ち、子どもたちの心を開き心を つなぐ役割を果たそうと努力し続けているということ。この二つのことを知って私は、彼女との再会を本当に 幸福に思った。
 「みんなの音楽」はサポーター会のおかげで無料のコンサートであるうえ、どのような人でも入場できるという 主旨のコンサートである。それを知って、最初、彼女は、遥学園の音楽クラブの子どもたちを、聴きに連れて 行きたいと思っていたのだという。だが私は、ぜひとも出演してほしいと彼女に告げた。彼女は、 「そんなところで演奏できるようなレヴェルではありません。」と言ったが、私は、「下手でも何でも、 このコンサートの舞台に出るために皆で力を合わせること、一緒に頑張ることが、きっとその子たちを いい方向に変えていくと思うよ、逆に言えば、その子たちのためにこのコンサートを利用してほしい」 と答えたのだった。また、そういう考えのもとに取り組んだ音楽は、きっと、上手・下手を超えて、 聴く者の耳や心に、何らかのインパクトを与えると私は信じていた。

 出演が決まってひと月後、練習のアドヴァイスをしに行った。練習の間も、5分もまっすぐ立っていられない 子どもたちが何人もいた。それでもパートごとに具体的な指導をし、何度か繰り返すと、 おそらくその子たち自身が気づくほど全体の流れやバランス、音色まで良くなり上達した。 一時間ほどして練習が終ったとき、笑顔の子が増えていて、初対面の私にも口ぐちに話しかけてきた。 中には、私の気を惹こうとして、通りがかりにわざと私の前で転んでみたり、私の服の裾をひっぱったり、 脇腹をくすぐりに来たり、と、自分の方を見てほしい、自分の存在を知ってほしい、という自己アピールを 繰り返す子が何人もいた。そんなストレートな表現がいじらしくて、いとしくて、私は何度も涙が出そうになり、 一緒にふざけるふりをして思わず抱きしめてしまった。
 コンサート当日、六百の客席に向かって舞台に立ちリハーサルをしたとき、子どもたちが極度に緊張している さまは想像以上だった。本番も同じように緊張していて、練習のときのほうがずっとのびやかで楽しく、 本番は不出来だったと思うが、私はそれでも良いと思った。緊張するくらい集中して皆で一生懸命やった ──それだけで充分ではないか。いつもダラダラしていて5分もじっと立っていられない、そんな子どもたちが 力を合わせて最後まで集中していたのだ、それだけで充分──と。

『いとし子よ 今開く花のように 私を信じて瞳をあげる 
いとし子よ いつかその足で立ち 私をふりかえり そして出ていく
この両手の重み それは地球の重さ この胸のぬくもり 抱きしめて 
この両手の重み それは地球の重さ この胸のぬくもり それは愛』

『母さんがあなたにあげたひとつの贈りもの それは命 
果てしない宇宙の中で ただ一つだけの あなたの命 
母さんがあなたにあげたふたつ目の贈りもの それはこころ 
野に咲く小さな花を いつくしみ愛する 人間の心 
あなたの命が大切にされるように あなたの心が大きく育つように 
母さんたちが作るみっつ目の贈りもの それは揺らぐことのない平和な世界 
その小さな両手に 伝えたい 揺らぐことのない平和』

 コンサートの終りにゲスト出演で歌われた最初と最後の歌「いとし子よ」と「母さんたちの贈りもの」 の歌詞である。「母」ばかりのメンバーで二十数年間、愛と平和をテーマに歌い続け数かずの賞歴を持つ 女声合唱団「レガーテ」の方たちの何と美しく何と心のこもった歌だったことか──。
 この歌を聴きながら私は舞台袖で泣いてしまった。心のこもった美しい歌声への感動と共に、今、 遥学園の子どもたちは、この歌をどんな思いで聴いているのだろうか──求めても求めても与えられずに 生きて来なければならなかったこの子たちにとって「母」とは何だろう?「愛」とは何だろう?  ──そう思うとたまらなく辛く、歌声が美しいほど、心がこもっているほど、その歌に涙があふれた。
 人生は皮肉だと思った。この日に、「子を思う」あまりに歌わざるを得ない、愛と平和の歌を歌い続ける 女声合唱団と、お盆やお正月の休みにすら迎えにも来てくれない母しか知らない子どもたちが、同じこの場所で 出会うということの不思議。
 でも私は信じたい。あの子たちが、自らの体験で思い知らされてきたかも知れない、理不尽な母のあり方だけでなく、 世の中には、こんなかたちの母の思いもあるのだということを、歌を通して、たとえ一人でも知ってくれたかも 知れない、と。なぜなら「レガーテ」のメンバーは「我が子」のために歌っているのではなく、 世の中の「子どもたち」、いずれ父や母になるかも知れないすべての人たちのためにも歌っているのだと 心の底から思える歌だったから。
 皮肉な出会いだったと人は思うかも知れない。だがそれは決して「偶然」ではなく、神が出会わせ給うた 「必然」の出会いだったのだと今私は信じている。また、音楽が、偶然を必然に変える力の一つでもあると信じたい。 それはまさに希望コンサート「みんなの音楽」の主旨そのものとも思う。



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みんなの音楽 第5回 プログラム

1:【Yy親子】(バンジョー&ギター)
    HOME SWEET HOME   作曲/ビショップ  編曲/アール・スクラッグス
    CRIPPLE CREEK    アメリカ民謡  編曲/アール・スクラッグス

2:【熊谷 昭市】(ピアノ独奏)
    会津磐梯山      福島県民謡  編曲/岩崎浤之
    竹田の子守唄     京都地方民謡 編曲/橋本晃一

3:【遙学園 音楽クラブ】(器楽合奏、歌)
    天国と地獄      作曲/オッフェンバッハ  編曲/Akihiro Youki
    Believe         作詞・作曲/杉本竜一   編曲/橋本祥路

4:【今治純子】(クラリネット) ピアノ伴奏:清水道代
    アダージョ      作曲/ベールマン

5:【デュオ コキジュ】(ソプラノ、メゾソプラノ)
    野ばら           作詞/ゲーテ  作曲/シューベルト
    子どもの詩による3つの歌  作曲/北村智恵
     ち び           作詞/よしだ さとし
     12月30日         作詞/にしい けんじ
     おかあちゃんのこと    作詞/たけもと やすこ
    初 恋           作詞/石川啄木  作曲/越谷達之助
    故 郷           作詞/高野辰之  作曲/岡野貞一

6:【百花繚乱】(和太鼓&阿波踊り)
    和太鼓阿波踊り       編曲/出演者

7:【オレンジ】(フルート&ピアノ)
    ソナタ 第5番より
     第1、4、5楽章       作曲/ヘンデル

8 : 【ヴァイオリン&ピアノ】(親子)
    協奏曲 第1番 ト短調より
     第2楽章          作曲/ブルッフ

9:【山口佳子】(ピアノ独奏)
    24のプレリュードより ホ短調 op.28-4   作曲/ショパン

10:【桑原良恵】(ピアノ独奏)
    ベルガマスク組曲より 「月の光」      作曲/ドビュッシー

ゲスト:レガーテ(女声合唱)  山本恵造(指揮) 山下和子(ピアノ)
     いとし子よ        作詞/小森香子 作曲/原田義雄
     生きる          作詞/谷川俊太郎 作曲/武義和
     明るい未来のためのJポップメドレー より
      世界にひとつだけの花  作詞・作曲/槇原敬之
      明日があるさ      替歌詞/レガーテ 作詞/青島幸男 作曲/中村八大
     母さんたちのおくりもの  作詞/鍛冶恭子 補詞/レガーテ 作曲/原田義雄



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みんなの音楽 第4回 エッセイ

ポリシーを貫くコンサート ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信58号「各駅停車の音楽人」より転載


 「希望コンサート・みんなの音楽」を、私達夫婦はライフ・ワークとしている。 「みんなの音楽」の「みんな」とは、社会的に、あるいは条件的に、"少数派の人たちを含めた" と言い換えることもできるが、舞台で演奏する人たちにとっても、客席でその音楽を聴く人にとっても、 自分たちが、日頃、何を大切に思い、どういう知恵と工夫で、どのように生きているのかという"生き方"を、 共感し合うコンサートであると私は思っている。コンサートというと非日常的なものと思われがちだが、 このコンサートは、そこに参加している人たち全員が、自分の日常と照らし合わせながら、音楽を通して、 他者と出会うことで、人としての生き方の大切なことを学び合える、そんなことを目ざしているので、言わば、 参加しているどの人にとっても「自分の日常を確認するためのコンサート」と言える。
 毎回、プログラム内容とその構成、司会、進行役は私自身が務めるが、年に一回のこのコンサートの出演者を 決めるために、あえて言えば一年中、私の心のアンテナは、さまざまなところに、さまざなふうに張りめぐらしている。 「音楽を通して、瑞みずしいもの、美しいもの、暖かいものを発信して下さるアマチュア演奏家の皆さん」 (演奏家をめざしている人も含めて)は、そう何処にでもいて、何処からでも自ら集まって来る人達ばかりではないからである。
 今年も心に残るいい演奏ばかりであった。みなそれぞれ違った意味で、瑞みずしく、美しく、暖かく、 比べようのない良さにあふれていたが、場内のアンケート用紙にも多くの人の思いが書きつらねられていた。

 「白髪のおばあちゃまが、娘さんやお孫さんと三世代で仲良く並んで弾かれた『アンネン・ポルカ』は とても楽しかったです。尊属殺人など、悲しいニュースの多い昨今ですが、このようなファミリーを見ていると、 心からホッとします。親子三代、皆さんとてもいいお顔でした。」
 「この頃、しんどい事は一切しないという若者が多い中、6人もの若者が力いっぱい打つエネルギッシュな 和太鼓アンサンブルに感動しました。和太鼓をこんなところで聞けるなんてびっくりしましたが、 二十歳過ぎの若者たちが、こうして日本文化を楽しみ頑張っているのを見ると、日本の未来が明るいと思いました。」
 「パーキンソン病の方が、杖をついて出て来られ、首の角度が一定に保てないというのに、 工夫をして一生懸命吹いておられたハーモニカのタンゴの演奏、とても感動しました。 どんなにリハビリに励まれたことでしょう。ハーモニカ歴60年というその方は、ハーモニカを吹き続けたい 一心で頑張っておられると思いますが、ハーモニカや音楽が、首だけでなく、その人の生きていく気力、 人生そのものを支えていると思いました。」等々――。
 私自身も、三重県の養護学校に勤めているという青年が、十年近くデュオを組んできたという音大時代の 同級生のピアノと共に、アイザックソンの「十一月の歌」という美しい小曲をピッコロで、心をこめて演奏 しているのを舞台袖で聴き、涙があふれそうになるほど感動した。本当に心にしみる優しい音色で、 そのフルーティストの青年の、まっすぐな心と誠実さを物語っているような演奏だったから。
 また、この会で毎年多くの人々に、感動と、生きて行く勇気や元気を与えてくれている全盲のピアニストは、 人間にとっての可能性や、まさしく「希望」というものを、ピアノの音、「音楽」だけで、今年も皆に伝えてくれた。 ハンディは、全盲のみならず、湾曲した脊髄や、左右長さの異る両手・両足、いわゆる形成不全の、 多重障害でもあり、身長は小学校の低学年くらいだろうか、それでも彼女がひとたびピアノを弾き始めると、 人々の心はその音楽による幸福な思いで胸があふれそうになる。たかだか21~2才の彼女が、人を幸福にし、 彼女の存在そのものが、人々に大きな希望を与えるのだ。今年も、ドビュッシーやショパンの魂が、 私達の心のひだに分け入り、身に沁みた。

 今年の会で、もう一つ、インパクトの強い演奏があった。ピアノ3手連弾――4手ではなく、6手でもなく――。
 実は、小学生のときに脳腫瘍の手術を受け右半身が不随となり、左手のみ使えるという高校生の男の子と、 逆に、生れつき左手の指がなく、5本指としては右手が使えることと、左手の手首・手のひらの側面が使える、 そんな30代女性の連弾なので、「3手連弾」ということになる。二人は過去に、このコンサートでそれぞれ独奏 したことがあるのだが、せっかくレッスンのとき私の教室で顔を合わせることも多いのだから、そのような条件の 二人が組んで演奏すれば、きっと何か、異る可能性が生れるに違いないと、かねてから私は考えていたのだ。 本当は2.5手?かも知れないが、二人で共に補い合い、高め合うことで少くとも3手の働きはあると思う。
 そういう条件の二人が共に生かされ合うためには、弾く曲によって、二脚の椅子の種類を選んだり、 一脚ずつの椅子の高さ、前後・左右の位置、踏む側の足の長さに合わせたペダルまでの距離、 そして鍵盤に対する角度や、両者の体の厚みを考慮した上腕・前腕の重ね具合の指導、等、本当に本当に 周到な準備をするための指導者のアドヴァイスと、両者の互いへの配慮や思いやりが何より必要である。
 そうして二人で共に「一つの音楽」をつくり上げて行くプロセスの中でこそ〈1+1.5〉が、単に2.5ではなく、 3にも、〈3+α〉にもなるのだと思う。
 私はそれが「音楽の偉大さ」だと思っている。左手だけで、しかも一人でしかピアノを弾いたことのなかった その男の子は、「こんな迫力のある演奏ができるとは思わなかった!」と言い、女性のほうは、 「結婚して、生れた子どもに、幼稚園のとき、"あやとり"を教えてと言われ、見本を示せない自分が悲しかったけど、 子どもの左手と自分の右手を合わせて"あやとり"したとき、とても楽しかったことを憶えています。 今、ピアノで同じ気持ちを味わえて、とてもうれしいです。」と言った。
 私は、家でも、大学でも、「音楽は、決して自己満足であってはならない」と教えている。 私の目ざしている音楽とは、人が生きて行く力に繋がるものであり、人の人生を支えるものでなければならないのだ。
 音楽が、作曲家の魂や、演奏する人の心を伝えると共に、演奏する人にも聴く人にも、その場にいるすべての 人々に幸福をもたらすものでなければならないと、私はずっと思い続けている。
 自己満足の音楽は、人を幸福にはしない。
 そして、演奏におけるヴァージョン・アップは、そのまま、人の生き方そのもののヴァージョン・アップに繋がることを、私は長年の経験で信じている。
 独奏用に書かれた曲を、2つ半?の手に分け、4手以上の効果を出して演奏した二人の連弾、 オスカー・メリカントの「夏の夜のワルツ」は、会場の多くの人たちに、その音楽の楽しさと共に、 人が生きて行くうえでの知恵や工夫を、きっと伝えてくれたと思う。
 また、それが、「みんなの音楽」であり、「希望コンサート」と呼べる本質なのだと私は信じている。
(NHKラジオ深夜便 「ないとエッセー」 8月1日放送分をリライトしました)



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みんなの音楽 第4回 プログラム

1:【ひかり トライ・ザ・ベスト】(ハンドベル合奏、電子チェンバロ使用 ※チェレスタの音色で)
    夏の思い出     作曲/中田 喜直
    夕焼けこやけ    作曲/草川 信

2:【植村ファミリー】(ピアノ6手連弾)
    アンネン・ポルカ  作曲/J.シュトラウス2世

3:【沢井陽】(独唱)
    夢路より      作曲/フォスター 訳詞・編曲/津川 主一
    ばら        作曲/トスティ  作詞/R.E.パリアーラ

4:【井上純一】(ハーモニカ独奏)
    ラ・クンパルシータ     作曲/ヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲス
    イタリーの庭        作曲/タルフ・エルヴィン
    アディオス・パンパミア   作曲/フランシスコ・カナロ マリアノ・モレス

5:【今村学園高槻幼稚園 サークル「うたいましょう」】(合唱)
    きいろいちょうちょ   作詞/こわせ たまみ  作曲/湯山 昭
    おはながわらった       保富 康午       湯山 昭
    びわ             まど みちお      磯部 俶
    トマト            荘司 武        大中 恩
    ちいさい秋みつけた      サトウハチロー     中田 喜直
    まっかな秋          薩摩 忠        小林 秀雄
    こもりうた          野上 彰        團 伊玖磨
    手のひらを太陽に       やなせ たかし     いずみ たく

6:【平安女学院大学 和太鼓部】(和太鼓アンサンブル)
    海のおはやし  作曲/田楽座(出演者/編曲)
    木遣り太鼓   三宅島伝承曲(出演者/編曲)
    彩り      作曲/鼓童 (出演者/編曲)

7:【山口佳子&床次佳浩】(3手ピアノ)
    夏の夜のワルツ  作曲/メリカント

8:【ひびき愛隊】(リコーダーアンサンブル、電子チェンバロ使用)
    鳥のさえずり       ロートリンゲン民謡 編曲/コラントヴェルキ
    パヴァーヌとガリアルド  作曲/クロード・ジェルヴェーズ
    錫の兵隊の行進      作曲/レオン・ジェッセル

9:【デュオ なごみ】(フルート、ピッコロ&ピアノ)
    11月の歌        作曲/アイザックソン
    序奏とロンド Op.98   作曲/クーラウ

10:【桑原良恵】(ピアノ独奏)
    アラベスク第1番      作曲/ドビュッシー
    ワルツ イ短調 Op.34-2  作曲/ショパン

ゲスト:深沢亮子(ピアノ)
    エリーゼのために WoO.59            ベートーヴェン
    トルコ行進曲(ソナタ K.331 第3楽章)     モーツァルト
    楽興の時 Op.94(D.780)より
     1.ハ長調  3.へ短調  5.へ短調      シューベルト
    前奏曲集第2巻より オンディーヌ        ドビュッシー
    前奏曲集第1巻より パックの踊り・ミンストレル ドビュッシー
    マズルカ 変ロ長調 Op.7-1           ショパン
    華麗なるワルツ 変イ長調 Op.34-1        ショパン



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みんなの音楽 第3回 エッセイ

希望コンサート みんなの音楽、みんなに音楽 ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信54号「各駅停車の音楽人」より転載


 私たちのコンサート「みんなの音楽」が今年第三回を迎えた。 第一回を開催するとき、コンサートの案内チラシにも、プログラムにも、 「主催主旨」として、私は次のように書いた。
 『このコンサートは、「老い」も「障害」もひとつの個性と考え、 さまざまな条件の人たちがそれぞれの生活の中で、当然のこととして音楽を楽しみ、 共に感動を分かち合っている様子を伝えあうコンサートでありたいと思っています。 さまざまな工夫と努力によって、どのような条件の人たちでも、音楽を楽しめるということを 一人でも多くの人びとに知っていただくためのコンサートです。
 また同時にどのような条件の人たちにも、聴衆として参加できるようになるための訓練の場として、 聴衆全員が誰に対しても、コンサートのマナーを伝え育て、暖かく見守ることのできる会場であること ──そんなコンサートをめざしています。
 人が生きていく力に繋がるような深く豊かな音楽とその感動は、必ずや多くの人たちを幸福にしてくれると信じます。』
 ──それ以上でもなく、それ以下でもなく、このコンサートは、私にとって、ずっとそうありたいし、 そして、そのことを自分のライフワークとして続けて行きたいと思っている。
 今年は10組の出演が予定されていたが、台風のために新幹線や飛行機がストップしてしまい 千葉から参加する予定だったプログラム1番の女性が来られなくなってしまって、プログラム2番からの 出演者と客席の聴衆、合わせて四百名近い「参加者」が集い、出会い、そして感動を共にした。 (それにしても、警報が出ていた地域の人も含め、あの台風の中を、よくぞこれだけの方々が集まって下さったものと、 ただただ感謝──。)

 実際の始まりは、自閉症の21歳の青年のピアノ独奏。左手の肘でピアノの低音部の鍵盤を多数押さえ、 解放弦にして、右手でメロディーを弾いたときに生まれる倍音の響きを利用した、エストニアの作曲家、 ウルマス・シサスクの「星の組曲」から「カペラ──輝く星」を、その世界に浸りきって独奏。 彼は自分が納得できるまで何度も何度も、同じフレーズを繰り返し繰り返し弾いた。私はその曲を暗譜していたので、 彼が何にこだわり、なぜ何度も何度も繰り返して弾いたのかがよく解かった。繰り返すたびにテンポが変わり、 フレーズの切れ目の「間」が変化していたが、そのことの中に、彼のアイデンティティーがあるのだと感じた。 人は、譜面通りに、テンポも、各音符の長さも、「正確に弾く」ことを最優先させ重要視する。だが彼にとっては、 たとえそれが「間違い」や「不充分」とされることであっても、自分が何にこだわり何に執着しているかという 自分らしさ、自己存在を、ちゃんと自分の演奏で表現している。現に、譜面どおりではなく、正確ではなく、 多分に即興的な(?)彼の演奏に、人々は感動し、「美しい星の光が目に浮かんだ」とアンケート用紙に特記した 人が何人もいた。自分の演奏を人がどう思うかという意識より、もっと大切なもの──音楽に没頭できる純粋さ──を、 私たちは学ばせてもらったのだと思う。
 続く、和歌山からの年配女性グループ七名のトーンチャイム・アンサンブルは、まさに癒やしの音、癒やしの音楽。 また、音大ではなく京大の学生という青年のピアノ独奏は、ドビュッシーに対する、そしてピアノそのものに 対するひたむきさが感じられて好印象だったし、丹波篠山の、知足谷という村の合奏団は、子どもから大人まで 一緒になって、手づくり楽器も含め、思わぬ取り合わせの楽器の音や、子どもたちののびやかで自然な歌声が とても良かった。ピアノの先生と音大出たての母娘連弾も、血縁や日常生活というものを超えた、「音楽」の中で 共に呼吸をするという接点においてのみ生れてくる「共感」が聴衆にも同じ共感を呼んでいたと思う。
 私の教室のピアノの生徒と父母たちによる、オペラ「セロ弾きのゴーシュ」の中の「第六交響曲とフィナーレ」は、 合唱も独唱も重唱も評判が良かったが、何より、段ボール等で作った本ものそっくりの「手づくり楽器」の意外性が、 多くの聴衆にウケていた。
 音大の同級生同士によるフルート、ヴァイオリン、ピアノのトリオも、自然な演奏で親しみ深かったし、 それを挟んだ前後の演奏、──左手だけで演奏する少年の、リコーダーとピアノ、そして形成不全、 全盲という多重障害の女性のピアノ独奏──は、今年も、多くの人たちに感動と元気と勇気を与えてくれた。 ゲストの雨田夫妻のチェロとピアノは、ホットなトークも前後して、音色の美しさと音楽性の豊かさで、 すべての人々に「音楽」のすばらしさを伝えていた。
 白紙の裏面にまでびっしりと感想文の書かれているアンケートが、数えきれないほどたくさん回収箱に入っていて、 それだけで一冊の本ができそうだと思った。

 「昨年、思いもよらぬすばらしい感動を与えて頂き、その温かい気持ちは一年間、胸の中で燃えていました。 今日も、何度も涙が流れ、何度も心が震えました。どんなプロの人達よりもすばらしい音楽を聴かせて頂きました。」
 「今日初めて聴かせて頂きました。みんなの音楽というタイトルの本当の意味を考え、感じながら、 ずっと聴いていました。どのステージも私の心の奥深くまでメッセージが届き心を動かされました。」
 「何のジャンルでもない、何の垣根もない、まさに『みんなの音楽』でした。殺伐とした暗いニュースの多い中、 まさにこれは希望です。」
 「いつもすばらしい演奏で感動します。これからもずーっと続け、音楽で仲間になり、世界の平和につながって ほしいものです。」

 等々、三回めにしてもうすでに私の思いが伝わり、共感と励ましの言葉をたくさんいただいている。
 今回は、六月のNHKラジオ深夜便(ナイトエッセイ)の中でこのコンサートのことを話させてもらったこともあり、 ラジオのリスナーからの問い合わせも多く、聴衆層にも幅ができて有難く思った。
 今回とても嬉しいことがあった。ホール・スタッフのチーフが、このコンサートに感動して 「私もボランティアで参加したくなったから、今回の人件費はゼロでいいよ」との申し出。調律も、著名な調律師さんが毎回ボランティアで参加して下さっているのだが、本当に、何と有難いコンサートなのだろう。 「ちえの輪倶楽部」をはじめ、さまざまな持ち場で手伝って下さるボランティア・スタッフはもちろんのこと、 おそらく全国どこにもない、コンサート開催のための「サポーター会」の存在を、私はただただ感謝すると 共に誇りに思っている。
 それらすべてはみな「音楽」の力、「音楽」の偉大さがもたらしてくれたものに違いない。今後も、もっと共感の輪を広げて行きたいと思う。「希望コンサート・みんなの音楽」であるために。
 三十余年前、私が「障害」児・者を教え始めた頃、「そんな人に音楽なんて解かるの?」と多くの人に言われた。 だが今私は、「そんな人こそ私たちに音楽とは何か、を教えてくれる」と胸を張って言える。



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みんなの音楽 第3回 プログラム

1:【海老根初美】(ピアノ・鍵盤ハーモニカ)
   はじまりチャイム   (ウエストミンスター寺院の鐘)
   おはなはん      (小川寛興作曲/北村智恵編曲)
   赤とんぼ       (山田耕筰作曲)

2:【西垣允貴】(ピアノ独奏)
   ~「星の囁き」(詩 谷川俊太郎)~
   星の組曲より『カペラ - 輝く星』 (ウルマス シサスク作曲)

3:【ちゃいむ】(トーンチャイム・アンサンブル)
   星に願いを      (Leigh Harline作曲/出演者編曲)
   月の沙漠       (佐々木すぐる作曲/出演者編曲)
   四季の歌       (荒木とよひさ作曲/出演者編曲)

4:【栄森貴久】(ピアノ独奏)
   「版画」より      (ドビュッシー作曲)
   1. パゴダ 2.雨の庭

5:【ちそく谷合奏団】(合奏)
   篠山小唄(斉藤子郊作詞/塩尻精八作曲)
   「ちそく谷合奏団」のテーマ(ちそく谷合奏団作詞・作曲)
   ハナミズキ(一青窈作詞/マシコタツロウ作曲)

6:【ドゥ・メール・エ・フィーユ】(4手連弾)
   ピアノ連弾のための小組曲より  (ドビュッシー作曲)
   1. 小舟にて 2.お供の者ども

7:【金星音楽団】(合唱・チェロ・4手ピアノ)
   オペラ『セロ弾きのゴーシュ』より (宮澤賢治原作/北村智恵脚本/十河陽一作曲)
    第六交響曲 フィナーレ

8:【床次佳浩】(片手によるリコーダー・ピアノ独奏)
   ふるさと  (岡野貞一作曲)
   もののけ姫   (久石譲作曲)
   左手のためのエチュード op.54-12(ポロネーズ) (リビツキ作曲)

9:【アンサンブル ラ・メール】(フルート&ヴァイオリン&ピアノ)
   竹田の子守歌 (京都地方民謡/玉木宏樹編曲)
   間奏曲より 第1楽章 アンダンテ エスプレシーヴォ
           第2楽章 アレグロ ヴィーヴォ(イベール作曲)

10:【桑原良恵】(ピアノ独奏)
   夜警の歌    (グリーグ作曲)
   さくら さくら  (川上泰隆編曲)

ゲスト:雨田一孝(チェロ)&雨田真由美(ピアノ)
     白鳥(サン=サーンス作曲)
     愛の挨拶(エルガー作曲)
     夢のあとに(フォーレ作曲)
     チェロ ソナタ op.19 第3楽章 (ラフマニノフ作曲)
     幻想小曲集 op.73 (シューマン作曲)



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みんなの音楽 第2回 エッセイ

市井の人々のコンサート ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信50号「みんなの音楽」特集ページより転載

   
▼この音楽会に、心から感動いたしました。自分のこれまでの人生の中でさえ、 こんなに感動したことはありません。音楽が「ひと」と「ひと」の心を、 こんなに結びつけてくれるとは思いもよりませんでした。プロの演奏家とは又違った、 新鮮で、普遍的な、「音楽を愛する気持」が伝わってきて、何度も涙しました。(裏へ→) この「みんなの音楽」の輪が益々大きくなって、より多くの人々に感動を分かち与えられると本当にいいですね。(60歳代以上・男性)

▼希望コンサート「みんなの音楽」の名のとおりの音楽会でした。舞台の上と客席との間の、 人間的な温かいものが感じられました。音楽の持つ素晴らしさをあらためて再確認した思いです。 本当に、全国に広がっていけば、どんなにいいだろうと思いました。ありがとうございました。(40~50代・女性)

▼私はよくコンサートに行きますが、いつも行くコンサートとは違って、主催主旨にある通りの、 気張らず気取らず、自然体の出演者、そして聴衆もやわらかな感じを受けました。こんなコンサートが、 これからもずっと続くことを願っています。熟年の、小学校の先生が弾かれた「月光」のピアノの音が 特に印象的で心に残りました。(60代以上・女性)

▼タイトル通り、幅広い年齢層、障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しめるコンサートでした。 各々個性的ですばらしかった。時には涙あり笑いあり、楽しかったです。 ゲストのクロマティック・ハーモニカのすばらしい演奏にも感動しました。胸がドキドキしました。(60代以上・女性)

▼出演者の皆さまのがんばりが心にしみました。生きていく元気をもらいました。(20~30代・女性)

▼深く感動しました。音楽を楽しむためには、何の制限もないことを体験しました。 あるのは、本人の心だけ。その気になれば何だってできるんだということ。 心が震えるほどの感動をいただきました。本当にありがとうございます。 自分もこれからを、大切に生きていきたいと思いました。又来年もここに来れることを楽しみにしています。 このコンサートを作って下さった方々に感謝致します。(40~50代・女性)

▼大変感動致しました。人の限りない力の大きさに勇気づけられる思いを致しました。 来年も是非、拝聴させて下さい。
(40~50代・男性)

▼昨年感動したので今年も聞かせていただきました。私も、もっと前向きに人生をすごさなければ、 と、励まされた気がします。(40~50代・女性)

▼今まで行った中で一番感動したコンサートでした。私も昨年よりギターを始めた58歳です。 こんなにも心をゆるがす音楽があるのかと、魂が浄化された感じが致します。私も心をこめてギターが弾けるよう、 そして楽しんでこれからの人生を歩んでゆこうと、勇気づけられました。来年も楽しみにしております。 このコンサートがずっと永く続きますように......。(40~50代・女性)

▼孫と一緒に来ました。世の中のいろいろな人たち、みんながわかってすてきです。音楽っていいですね! 障害者福祉作業所の人たちの「ほたるこい」の歌が、会場の歌声と共に響きあったとき、 舞台の人たちの笑顔がすてき!と思い、うれしくなりました。左手だけのピアノ演奏、生きていくことへの 挑戦や生きていることそのものの輝きのようで、すばらしいと思いました。 たくさんのキラキラをありがとうございました。(40~50代・女性)

▼初めて寄せていただきました。来て良かったです。とても感動しました。明日から私も、 しっかりがんばらなくては、と思える様な演奏ばかりでした。来年も楽しみにしています。(60代以上・女性)

▼みなさんのステキな音楽を聴かせていただき、本当に楽しいひとときを過ごさせていただきました。 現在、東京の幼稚園・小学校等で障害児介助の仕事をしていますが、みんな音楽が大好きで、 そのときの表情は生き生きとしています。今日のコンサートに出演されている方々のそれぞれ素敵な表情に、 元気をいっぱいいただきました。(40~50代・女性)

▼いろんな方々が出演されているんだなあ、と、こちらに来てわかりました。 合唱、いろんな楽器、合奏、独奏など、いろいろと楽しませて頂きましたが、特に、 片手の少年のリコーダーは、とても素晴らしく、その後の片手のピアノ独奏はさらにびっくりしました。 私も勇気づけられ、頑張らねば、と思いました。ヴァイオリンとピアノのデュオ、とても素敵で、 プロかと思いました。(20~30代・女性)

▼「みんなの音楽」すばらしかったです!いつまでも、そして誰もが、音楽を楽しめる環境をつくって (守って)いきたい。この会がいつまでも続くことを祈っています。元気が出ました。(40~50代・女性)

▼いい時間をすごせました。中学生の、リコーダーを吹く少年の、まっすぐな音が心にしみました。 ゲストのハーモニカとお話もすばらしかったです。(20~30代・女性)

▼片手の少年の、心から音楽したいという思いが伝わる演奏に、感動しました。 また、全盲で多重障害の女性の、やわらかな美しいドビュッシー......心からの音楽というのはこういうもの なのですね。こんなにも感じる事ができるんですね!コンサート中、何度も涙があふれました。主催者の方、 これからも頑張って続けて下さい!(20~30代・女性)

▼皆、真剣に音楽を愛し、一生懸命生きている、そんな姿に感動しました。(60代以上・男性)

▼プログラムの構成が良くて、時間のたつのも忘れて楽しませて頂きました。肩を張らずに聞き、 そして感動しました。最近落ち込む出来ごとがあり、少々うつ状態でしたが、片手演奏の少年の、 心洗われるような演奏をお聞きし、心の霧が晴れました。(40~50代・女性)

▼演奏される皆さんのひたむきな姿に頭が下がる思いでした。私も一人の田舎のピアノ教師ですが、 音楽の力を信じて、みんなが穏やかな幸福な気持ちになれるように、日々努力していこうと改めて思いました。(40~50代・女性)

▼心暖まるコンサートありがとうございました。司会進行のすばらしさに会の意図がよく伝わって、音楽と、 人の生活とのかかわりを思い知らされました。昨年も今年も、アドヴァイザーの先生のお言葉、コメントが暖かく、 素晴しく、この会のあり方がよくわかります。どうかこの会が末長く続きますように、と、今日、私もサポーター会に 入りました。(60代以上・男性)

 以上は6月に開催した第2回「みんなの音楽」へのアンケート回答に記された感想文の一部である。 私自身が書くどのようなリポートよりも余程かリアリティに富んでいると思い、そのまま引用させていただいた。 皆、一様に自らの日々の生き方を問い直すことにまで繋がっていて、感謝で胸が一杯になった。
 この日を機にサポーター会員も急増し現在286名。スポーツにおける私設応援団やオーケストラの支援組織、 また特定ピアニストのファンクラブ等は日本でも存在しているが、コンサート開催の存続のために生れたサポーター会は、 おそらく例のないことだろう。市井の人々のコンサートなのだ。「みんなの音楽」は──。
 そう言えば、中国古代、井戸、つまり水のある所に人が集まり市ができたことから巷のことを市井と呼ぶようになった ようだが、私は、本ものの音楽のある所に人が集まって理想の社会が生れることを信じたい。
 ずっとずっと、市井の人々のコンサートでありたいと思う。



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みんなの音楽 第2回 プログラム

1:【女声合唱団"風"】(合唱)
   お江戸日本橋       (日本民謡/平井康三郎作曲)
   アヴェ・マリア      (カッチーニ作曲/森友紀編曲)
   母の教え給いし歌     (平井哲三郎訳詞/ドボルザーク作曲/平井哲三郎編曲)
   ビビディ・バビディ・ブー (音羽たかし訳詞/J.リビングストン作曲/服部克久編曲)

2:【ぷちとんとん】(合奏)
   Teeny Tiny       (自作)
   五色のまあぶるちょこ  (自作)
   ぷわ ぷわ       (自作)

3:【のぶと三人の音姫】(合奏)
   きらきら星      (フランス民謡/丹内真弓・竹林美和編曲)
   グリーン・スリーブス (イギリス民謡/丹内真弓・竹林美和編曲)

4:【茨木福祉共同作業所 & ボランティアコーラスグループ 「プチケーキ」 】(うた・ミュージックベル 他)
   さんぽ「となりのトトロ」より  (中川季枝子作詞/久石譲作曲)
   ほたるこい  (わらべうた)

5:【デュオ遠距離】(チェロ・ピアノ)
   リベルタンゴ  (ピアソラ作曲)
   鳥の歌     (カタロニア民謡/カザルス編曲)

6:【岡本真帆】(独唱)
   浜千鳥    (平井康三郎作詞/作曲)
   ゆりかご   (平井康三郎作詞/作曲)

7:【床次佳浩】(リコーダー・ピアノ
   少年時代   (井上陽水作曲)
   ポロネーズ 変イ長調 op.53
    (「英雄」)よりポロネーズ (ショパン作曲/浜口淳子編曲)

8:【長森正樹】(ピアノ独奏)
   ピアノソナタ 嬰ハ短調op.27-2(「月光」)より
     第1楽章  (ベートーヴェン作曲)

9:【デュオ ここ】(ヴァイオリン&ピアノ)
   愛の挨拶   (エルガー作曲)
   ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調より
     第4楽章    (フランク作曲)

10:【桑原良恵】(ピアノ独奏)
   プレリュード第1集より「亜麻色の髪の乙女」 (ドビュッシー作曲)
   星に願いを    (ディズニーより)

ゲスト:和谷泰扶(クロマチックハーモニカ)&和谷麻里子(ピアノ)
     赤とんぼ   (山田耕作作曲/矢代秋雄・和谷泰扶編曲)
     ワルツ 変ニ長調op.64-1(「小犬のワルツ」)    (F.ショパン作曲)
     シンドラーのリスト     (J.ウィリアムス作曲)
     トレド(スペイン幻想)   (J.ムーディー作曲)



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みんなの音楽 第1回 エッセイ

これから始まるドラマ ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信45号「心を紡ぐ」より転載


 月刊誌「ショパン」に二年余り連載していた「ディア・リトルピアニスト」 という私のエッセイは、何編かの書き下ろしを加えて、「心を紡ぐ」という単行本 になっている。その最後のページで私は、ドイツから留学を終えて帰国したばかり の教え子に宛てて次のような文章を記して結びとした。
 「音楽とは、自分自身を語ること、音楽教育とは、音楽を通して語るべき 自分らしさを育てること──音楽とは、"人はそれぞれ皆ちがう"ということを 知るためにあるのです。
 この地球上で、自分が生きていて、そして自分以外の人間が生きていると いうことを知ること、知らせること、──それが音楽というものではない だろうかと、今日も私は思っています。」
 十年も前の拙著だが、私の、音楽に対するこの考えは今も全く変わらない。
 というよりも、音楽とは何かと問い続けることも、その問いに対する自分なり の考えも思いも、今の場所でピアノを教え始めた三十数年前と、いささかも 変わっていないということに、今、改めて気づき、驚いている。
 だからかも知れないが、NHKの「ラジオ深夜便」で時折語らせていただく 「ナイトエッセイ」は、「音楽は誰のもの?」に始まり、以来、何年もの間、ずっと「みんなの音楽」という総タイトルで通してきたりして、よくよく私は、 この日本では、まだまだ音楽というものが「みんなのもの」にはなっていないと いう現実に、こだわり続けているのだと思う。
 本ものの「音楽」の偉大さは、人に希望をもたらし、人を元気にすることである。人に生きる力を与え、人の心を結び、人を繋ぐ。それは決して、自己満足であったり独り善がりであったりはしない。だから本ものの音楽は、個人的にはその人と、何の接点、何の感情、何の関係が なくても、その演奏だけで共感や感動を与え、人を元気にし、人に希望や生きる力を与え、人を連帯させる。

 この春、私自身が長年暖め続けてきた、私にとっての理想どおりのコンサートが、やっと実現した。「みんなの音楽」の第一回。三十数年間、あらゆる年齢層の、 あらゆる社会の、あらゆる場面で、「音楽教育」という仕事を通してさまざまな人々 と出会ってきたことが、このコンサートを具体化させたのだと思う。
 第一回の出演者を、すべて私は、自分の関係者の中から選んで決めた。なぜなら、 このコンサートに対するコンセプトも、スピリットも、そしてレヴェルまでもが、 ここで決まってしまうと思ったからである。「舞台で演奏する」ということが、 自己満足であったり、独り善がりであったり、自己顕示であったり、もしも、 ひと組でも一人でもそんな人がいたら、今後もそんな音楽に対して不遜な人が 出演する可能性が起こってしまう。私は、音楽に対してひたむきで真面目な人、 一生懸命な人、音や声に心をこめられる人、つまり、魂から音楽している人や、 心で繋がり合って音楽している人たちだけを、舞台で紹介したいと思っている。 不思議だが、事実としてそういう人たちの演奏は、必ず心がこもっていて、 他者の魂に伝わる何かがあり、上手・下手を超えて人を感動させる。それが音楽の力であり、 何事においても一生懸命生きている人、ていねいに生きている人、他者に対する思いやりや、 人としての謙虚さを持った人の演奏からは、必ずそういうものが伝わってくる。プロ・アマを問わず、 それが伝わってしまうところが「音楽」のこわいところでもあり、「みんなの音楽」と名付けたこの コンサートではアマチュアながらも、音楽に対して真剣に取りくんでいる人や、誰かのために心を こめて演奏できる人こそが、「音楽の原点」を語る(=音楽というものがみんなのものであると 知らせ伝える役割りを担う)資格を持っていると、私は考えている。

 「シルバー・コーラスの方々のひたむきさに、忘れかけていた大切なものを思い出させて貰いました。」
 「小学生の姉弟とその御両親──よくある一般家庭の感じでしたが、ちょっとしたアイディアや工夫で こんなに楽しい合奏ができるなんて、うちへ帰ってやってみようと思いました。」
 「嫁・姑のピアノ連弾、ほのぼのとして、なぜか涙が出ました。」
 「親子合唱、あんなのいいですね。心の中で一緒に歌ってしまいました。」
 「独唱の人の声が邪心のないきれいな声で、心が洗われるような歌でした。癒やされました。」
 「片手しかない人と知らずにピアノの演奏を聴きました。あとでそのことを知ったとき、 あのエネルギッシュな音や美しい音が、どれほどの努力から生れた音楽かと思いよけいに感動しました。 自分ももっといろんなことをがんばらなければと思い勇気と元気をもらいました。」
 「全盲の人のギターと歌声、すばらしかったです。マイクなんていらない。思わず耳をすまして 聞いてしまう、これこそ本ものの音楽と思いました。自分が目が見えないのに、耳の聞こえない 人のために手話つきの歌も歌われて、すごいなあと思いました。私も何かしなければと思い、 そんな勇気をもらった感じです。」
 「高校生の和太鼓、とても良かった。若い人たちがこんなふうに力をあわせて一生懸命やっている 姿っていいですね。悪いニュースが多い中、こんな若者もいると思うとホッとします。」
 「全盲に加えて脊髄や手足、全身に障害のある小さな女性が舞台に出て来られ、初めびっくり しました。ピアノの椅子に座るのも、弾き始めの音を探すのも大変そうだったのに、ショパンの 曲が流れ始めるとすぐにそんなことを忘れてしまうほど音楽に感動し、ショパンの音楽にハマッて しまいました。終っておじぎをされたときの笑顔がすばらしかった。感動でまだ涙が止まりません。 すばらしい演奏、感動、本当にありがとうございました。」

 これらは当日のアンケート用紙に書かれた感想の一部にすぎない。演奏者にとっても、聴く者にとっても、 「音楽」は、みんなのものであり、勇気、元気、希望、生きて行く力に繋がるものであると証明している。
 音楽とは、やはり、他者の中に「自分」を見出したり、この地球上で共に生きていることを知らせあうものである。
 はてさて、そのことを体験した何人もの来場者が私に提案して下さった。「こんな感動的なコンサートは、 毎年、絶対続けてほしいので、そのためにも有料にして下さい ポシャって続かなくなったら大変ですから」と。
 私が入場無料のコンサートにしたい理由は、これまでその障害ゆえにコンサート会場への入場さえ拒否されてきて、 静かに聴くというマナーが身についていない知的障害児・者に対して、これから皆で身をもってそれを教え育てて 行こうとしているのに、客席の中に初めから、「チケットを買って来ているのに、迷惑だ」というような人が、 一人でもいてもらっては困るからである。私が、お金がある人もない人も、大人も子どもも、「障害」者も健常者も、 誰でも聴くことができ、音楽を愉しむことができるコンサートを目指したいので実は「入場無料」にこだわりたいのだ ということを話すと、ある人が、真剣に考え、そして妙案を思いついた──
 「みんなの音楽」を支援する会をつくって、会員が支援会費を納めるっていうのはどうですか!? 感動をもらってみんな元気になれるんだもの、少くとも今年参加した人は全員、支援会員になると思いますヨ!私、第一号になります 」
 舞台で大きなドラマを生み出した「みんなの音楽」だったが、もっと大きなドラマが、これから始まろうとしている。



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みんなの音楽 第1回 プログラム

1:【銀の櫂】(シルバーコーラス)
   かなりや    (作詞・西条八十/作曲・成田為三)
   故郷      (作詞・高野辰之/作曲・岡野貞一)
   みかんの花咲く丘(作詞・加藤省吾/作曲・海沼 実)

2:【でたがりいず】(ピアノ連弾)
    おはなはん   (作曲・小川寛興/編曲・北村智恵)

3:【Quattoro Fiori】(合奏)
    シンコペーテッド・クロック (作曲・アンダーソン/編曲・榊原 旬)
    春のコンチェルト      (作曲・ヴィヴァルディ/編曲・中島良史)

4:【戸梶&松下】(合奏)
    愛ちゃんの詩      (自作)
    あなたの愛をありがとう (自作)

5:【Duo Ma】(ピアノ連弾)
   スラヴ舞曲 ホ短調 作品72-2   (作曲・ドヴォルザーク)
   スペイン組曲「アンダルシア」より
   マラゲーニャ (作曲・レクオーナ/編曲・スクラ)

6:【むつみ親子合唱団】(親子合奏)
   「子どもの四季」
    きいろいちょうちょ     (作詩・こわせたまみ/作曲・湯山昭)
    茶 摘           (文部省唱歌)
    ほたるこい         (わらべうた)
    ぞうさん・ ねこふんじゃった (作詞・まどみちお 阪田寛夫/作曲・団伊玖磨)
    おつかいありさん ・こおろぎ (作詞・関根栄一/作曲・団伊玖磨 芥川也寸志)
    揺りかごのうた       (作詞・北原白秋/作曲・草川信)
    はるのうた         (作詞・佐藤義美/作曲・団伊玖磨)

7:【和太鼓「華弦」】(和太鼓)
   権兵衛くずし

8:【アンダンテ】(ハンドベル他)
   ドレミファ ソング   (作曲・北村智恵)

9:【山口佳子】(ピアノ独奏)
   さくらさくら変奏曲「春の残像」
              
10:【上村朝子】(ソプラノ独唱)
   小さな空       (作詩作曲・武満 徹)
   樹立         (作詩・三木露風/作曲・山田耕筰)
   O mio babbino caro 私の大好きなお父さん (作曲・プッチーニ)

11:【桑原良恵】(ピアノ独奏)
   ワルツ 変イ長調 遺作  op. 69-1  (作曲・ショパン)
   ノクターン 嬰ハ短調 遺作     (作曲・ショパン)

ゲスト:プーリー・アナビアン&河村真衣(サントゥール デュエット)
     イスファハーン旋法による



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