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ムジカ工房は、音楽教育家・北村智恵をサポートする、小さなアトリエです。
北村智恵ピアノ教室、コンサートの自主公演、ピアノ指導者セミナー開催等、行なっています。

指導ポイント


1巻 きょうにさようなら/かあさんのこもりうた

きょうにさようなら(P.60-61)
 「おんぷのながさ」のページでの、それぞれの名前を初めて習ったことにより、この曲から3/4という従来の記譜法で拍子記号が出てくる。これまで と表記され分子の数字が、それぞれ、3拍子、4拍子であることを表し、が拍の単位であることを目で見て理解できるよう、特別な表記で導入してきたが、これまでのの代わりに4分音符の4が表記されるということを伝える。したがって、3/4の正しい読み方は、「しぶんのさんびょうし」であり、よく言われているような間違った呼び方(よんぶんのさんびょうし)をしないよう、楽典は正しく伝える。主旋律は、3段目まですべて上の声部(右手)、4段目の1回目は下の声部(左手)、リピート後は上の声部(右手)に移るので、そのように左右の手の音量をコントロールする(自分の耳で聴きながらつくる)ことを求めきること。何週かかっても妥協しないことが大切。そのように弾いた"つもり"は音楽ではなく、出てきた(出ている)実際の音がそうでなければ「音楽ではない」という姿勢を貫く。練習の手順として各段を主旋律のみ単旋律で弾き、4段目の1回目は、3~4小節で左手の音、リピート後の3~4小節は右手の音に繋げて、5段分の主旋律を頭(耳)に入れてから、両声部を合わせること。その段階をとばすと、惰性で弾くことを繰り返してしまい、2声の弾き分けがいつまでたってもできないままになってしまうので、この手順がポイント。
 また
A
    →①
    →②
    →③

B
    →④
    →⑤


上記のように、各段1~2小節を先生が弾き、①~⑤を生徒が、音楽的に徹底させることも大切。
 この曲で左右両手とも全指使用することになる。必然的にこの曲でタッチが揃っていなければ、それをコントロールする2声部の弾き分けは難しいということである。

かあさんのこもりうた(P.62-63)
 主旋律は左手なので、16小節間バスの音(左手の音)をレガートに歌わせて弾くこと。
 右手はオブリガート(助奏)なので音が大きくならないよう、1~2段目は2小節単位のフレーズ、3~4小節は8小節の長さを持つフレーズ。曲の最後の小節で右手ののときにE音を離すと、左手で最後に打鍵したC音が流れ続けているところへ(のばされている音に)右手のE音がC音に流れ込む瞬間があることを聴きとらせる。→オブリガートが主旋律(メロディー)に引き取られて処理される瞬間をよく聴くこと。「あった音がなくなること」で音の流れが変わるということを体験させる。「音楽」は、音を出すことだけでできているとは限らず、あった音がなくなることによっても新たなメロディーが生じることを知る。その結果、左手のC音を4小節間のばし続けることの意味がわかり、「音の聴き方」を指導することに繋がる。1巻における既出音すべての復習。



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1巻 ティギーおばさんのおもいで/おんぷのながさ

ティギーおばさんのおもいで(P.55)
 前ページ(P.54「ティギーおばさんのおはなし」)では、タイでつながった2つのおんぷ()の長さが2拍分になるという、視覚からの理解のうえに立って、「2拍」を理解・認識できるようになったことに加えて、この曲では、その2拍に、もう1つがタイで繋がる(=と同じであること)を理解し、同様にであることやだけで表せるということを学ぶ。「ティギーおばさんのおはなし」も「ティギーおばさんのおもいで」も、単旋律を美しい音で歌わせて弾く、という最終目標を忘れないように。2拍・3拍・4拍という長さを正しく伸ばすという初めての課題はとても大切な体験ではあるが、音符の長さを正確に伸ばすこと(異なる音価により提示されている「リズム」の正確さ)のみに終始して、「正確に弾けたらそれで良し」としてしまう評価の仕方に陥らないよう、常に「音楽的」であることを求める姿勢を崩さないことも、もっと大切。を学ぶ曲なのに、なぜこれらの曲のタイトルが、「  ~のおはなし」「  ~のおもいで」となっているのかを考えさせる。「語ること」や「歌うこと」において大切な音量の変化(ディナーミク)は当然のこと、イメージした内容にふさわしい音質・音色・テンポなど、すべてが「表現」のために必要なことであり、今までの曲のように1音符1打鍵ではないので、が、1度打鍵してしまった音量をその音符の音価(長さ)内で変化させることはできないのだという「ピアノ」という楽器の致命的な特徴を認識させ、そのことを前提に、これまで以上に"フレーズとして音楽を捉えること"やそのためにディナーミクの設定が綿密であることが要求されるということを、指導者は「音楽的観点」を忘れず、しっかり伝え指導する。ピアノでなど長音符による旋律をレガートに、歌わせて弾くということが、究極の「テクニック」であるということを伝え、決して見た目で「易しい」「簡単!」と思ってしまうような生徒を生み出さないことは、もうこの段階で指導者の力量にかかってくる。端的に言うと、この曲で、長さを正確に弾けたら「はい、マル」としてしまう先生からは絶対「音楽的」な生徒は生れないと心しておかなければならない。それほど、「おはなし」「おもいで」に託されたものは大きい、ということである。この2曲を繋げて1曲と捉え、20小節の曲をディナーミクや音質、音色の変化等で表情豊かに音楽的に弾くという指示も有意義。そうして生徒が、用意された美しい音で、レガートに歌わせて弾いたとき、美しい音で豊かな和声の伴奏を付けて二人で共に、しみじみと味わい合える指導者でありたい。

おんぷのながさ(P.56-57)
 このメソードの最も大きな特徴の1つに、1音符1打鍵――1つの音を打鍵することで「拍感」を養う――という導入法が挙げられる。つまり、タイトルと絵のイメージから、その表現にふさわしいテンポを決め、音域は音が1つずつ増えて行くことで広がって行くが、音価は常に「ひとうちおんぷ」「ひとうちきゅうふ」だけでできた曲を弾き続けてきたことになる。「ティギーおばさんのおはなし」でタイを習い、「ひとうちおんぷ」と「ひとうちおんぷ」がつながったとき初めて「ふたうちぶんのばす」ということを体験し、実際に「2拍の長さ」を弾いたことになる。「ティギーおばさんのおもいで」で、3拍のばすことや4拍のばすことも理解して実際に弾いてみて、それらの長さを概念として持ち得たとき、などの相対関係が初めてきちんと理解できたと言える。その後、このページで音符の名前を知ることになるが、前ページまでに異なる音価を実際に弾くという「体験」を先にし、音符の名前等、「理論」(楽典)はその体験をあとから裏打ちする形で配列されているため、子どもにとっては、「全音符」「2分音符」「4分音符」「付点2分音符」「4分休符」の、名前そのものや、その意味も深く理解できる。



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1巻 ふたりでたのしく/ティギーおばさんのおはなし

ふたりでたのしく(P.51)
 楽典的には初出事項は、右手に出てくるGの音とリピート記号だけだが、この曲におけるレッスン内容とその目的は、これまで世界中のどのピアノ・メソードにもなかった「大きいもの」「大きいこと」である。それは、①自分の音をよく聴くという、音の「聴き方」の具体的指導と、②そのことによる二声部の弾き分け(コントロール技術)、③その力量を持つことで「自分の音」や「自分の音楽」をつくるという、ピアノを弾くことの「基本姿勢」を学ぶページだからである。
 タイトルの「ふたりでたのしく」の「ふたり」とは、子どもがピアノを弾くときの、自分の中での2声(2人分の歌=旋律)のことであり、それはタイトルの英訳でもきちんと表されている(Fun for both hands)。そのこと(右手くんと左手くん=自分の中での2人の対話)を生徒に理解させ、音で表すことができたとき初めて、「この曲が弾けた」ということであって、1回目と2回目が同じ音量で変化がなかったとしたら、当然次の曲に進むべきではない。楽譜に書かれた音を、鍵盤上に正しく移しかえる作業ができただけでは「音楽」ではない、と毅然とした態度で臨む指導者の姿勢が、その子を本ものの「音楽」づくりのできる正当な道へと導く。幼児にそれができないと思いこんでいる先生は子どもをみくびっている先生である。
 またリピートは繰り返しの記号ではあるが、ただ単に演奏時間を"倍"にするためにあるのではなく、リピートすることによって表現に変化がつけられるということを教え、体験させる。必ず変化のある演奏になるよう「音」をよく聴いて確認しながらコントロールする。
 ちなみに出したい音(大きくするほうの声部は、指を高く上げてから深く打鍵し、控え目の音を弾くほうの声部は、指を上げずに鍵盤に乗せた指で(キーから離さないで)弾く。このことの具体的な指導を忘れないよう指導し、弾いてみせること。1回目に必要とされる音の流れ(譜例1)に、①として青鉛筆で矢印またはラインを弾き、2回目(リピート後)に必要とされる音の流れに②として赤鉛筆で矢印またはラインを弾き(譜例2)、
譜例1                  譜例2

「1回目は青いほう、2回目は赤いほうの音を聴く」というヴィジュアル的な説明をすれば、どの子にもわかりやすい。
 そしてその「テクニック」は、とりもなおさず、ポリフォニーへの布石、つまり、主旋律と対旋律の読み分け及び2声の聴き分け・弾き分けへの第1歩であることを忘れないよう。将来に応用できる大切なテクニックである。
 また、P.32(「ナトキンのおどり」でやったこと(「旋律線」の意識の持ち方が2通りあったこと。そのいずれをも弾き分けたこと。)が、この曲において求められることの布石であったことに子ども自身が気付くよう促す。(指導者自身が2通りの弾き方をして聴かせ、どう違うのかを問いかける。)
 以上のことは、くれぐれもできるまで時間をかけてレッスンすること。左右の音量が明らかにコントロールできていることを「音」で感じなければ前に進めない。テクニックだけ教えても音の流れを感じていなければ別の曲でも応用することはできない。
ティギーおばさんのおはなし(P.54)
 2拍という概念は1拍ずつの拍感がなければ理解できない。初めからに出会ったり、それらの名前を教えてしまうことで子どもたちはその抽象性に混同してしまうだけである。この本の進め方(1音符1打鍵の繰り返しによる、拍感の具体的体験とその積み重ね)の中で充分に育てられた拍節感を前提として、タイを教えると、+であることがどの子も「理解」できる。実際に
 ①で弾く(1拍ずつの認識) ......1段目
 ② タイをつけて弾く+であることを認識して正しく伸ばし、この体験が、「2拍」と呼ばれるものであるということを教え認識させる ......2段目
 ③のように2つの音符を使わなくても代わりにで表すことができるということを説明し認識させる ......3段目
 各段を順に弾いていくことで、「2拍伸ばす」ということがどういうことなのかを体験するので、どんな子も確実に「理解」できる。また2段目と3段目が全く同じリズムであることを、出てきた音(耳で聴く音)で納得できる。
 拍節感がない子どもに「2拍」という概念は持てない。それなのに初めからが出てくることは子どもの理解の範疇を超えていることであり、実は「伸ばす」という意味も解ってはいないのだということを、指導者は深く心に刻んでおかなければならない。まして、初めからニブオンプ、ゼンオンプなる名前を教えられても、よけいに混乱することとなる。



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1巻 ナトキンのおどり/ピーターのワルツ

ナトキンのおどり(P.44-45)
 調号はついていないがF dur。これまでに習ったアーティキュレーションの組み合わせ(スラー・スタッカート・テヌート)を総合的に読み取り再現する能力を培う。スラーのついた音は完全なレガートで弾けているかどうか、スタッカートの短かさは揃っているかどうか、テヌートのついた音を無意識に惰性で弾いていないかどうか、など、自分の耳で確かめながら弾くことが、「自分の音をよく聴く」ということなのだと理解させ、できていない場合は、指導者がその生徒の弾き方を真似た演奏と正しいアーティキュレーションの演奏とを弾いて聴かせ、何の音と何の音の間が違うのか(つながっている・切れている・短い・長い等の違い)を認識させる。その際、「何拍めと何拍めの間の音が~」という表現(説明)は避けること。それは大人の理屈であり、「音楽」の中での発想ではないので子どもは理解し難いうえ、音楽的な演奏にはならない。メロディーとして捉え、メロディーの中の1つの要素として、音の長さやつながり方、切れ目などを感じることが大切。
 また、そのメロディーの読み取り(本当の意味でのソルフェージュ能力)の力をつけるために、2通りの弾き方を試みさせる。
 ①全ての音の重要度を等しいものとして弾く。(音の並び通りのメロディー)
 ②左手で弾く音をすべて抜いて(代わりに左手は膝を打つなどして)ピアノの鍵盤で弾いた音のみが本来のメロディー(skeletonスケルトン)であることを耳で感じさせ、その後、左手で弾く音を入れてもスケルトンが浮き立つように、つまり左手の音を音量的に控え目に軽く弾けるよう両手の打鍵をコントロール(加減)する力を養う。自分が出した音を集中してよく聴かなければそれはできない。「耳」が「技術」を育てる(=耳が育てば技術は必ずついてくる)ことの具体例あり、指導者自身が必ずそのことを把握して、生徒が2通りの弾き方をこなせるまで待つ。加えて、「どうしたら②の解釈で弾けるか」という具体的な指導も怠らないこと。(控え目の音は鍵盤から指を離さないで弾き、大切な音は少し高いところから打鍵する。
 ナトキンはリスだが、どんな踊りか想像上のステップを考えさせたり(そのステップで一緒に踊ってみる)、「ネズミのおどりだったら?」「クマのおどりだったら?」「ことりのおどりだったら?」「ゾウのおどりだったら?」などと問いかけ、2オクターヴ上や2オクターヴ下、3オクターヴ上や3オクターヴ下のポジションを指示して高さを変えて弾かせてみることもイメージに添った音の出し方(軽さ・重さ)やテンポを考えて設定する表現力にもつながる。(ポジションの指示は、先生が指で示し、オクターヴという言葉は使わないこと。)最も理想的なのは、鍵盤のあちこちのポジションで弾いてみて(音を出してみて)その動物のイメージに最も近いポジションを自分の耳で探すことである。

ピーターのワルツ(P.48-49)
 前曲「ナトキンのおどり」は想像上の踊りであって、言わば定まった踊りがある訳ではないが、「ワルツ」には、①3拍子であること(1拍目を少し強く=軽いアクセントが3拍ごとに繰り返される)②少し速めの流れるようなテンポで演奏される、といった「きまりごと」があることを教える。初めはゆっくりでも、暗譜してからは必ず速めのテンポで弾けるまでよく練習するよう促す。
 スラーがどの音からどの音までついているのか、メロディーが同じでもアーティキュレーションが異ることを認識して弾く。 特に、の違いをはっきり。また、音階モティーフでできたこのようなメロディーは、特に「ドレミファ」や「ドシラソ」と続いたとき4拍子のようになってしまいがちなので、とりわけ各段最後の小節の1拍目には必ずはっきりしたアクセントをつけて弾くことと、15小節目の1拍めも意識してアクセントを感じて弾くこと。13小節3拍目のC音と14小節1拍目のC音の間が途切れないよう、左手をそばで用意しておいて繋げて弾くことをアドヴァイスする。各段最後小節の1拍めのアクセントをはっきりつけ、2拍めは必ず弱拍として差をつけて軽く弾く。初期のこのようなことが「音楽性」や「音楽的センス」に繋がって行く。



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1巻 かわいいことり/びょうきのピーター/ごきげんねずみのおどり

かわいいことり(P.41)
 スラーには、いろいろな長さ、いろいろな形があることを教えると共に、冒頭1~2小節のように、右手から左手にかけて、左右両手にまたがるスラーがついているときなど特に、手が替わるときに音が途切れていないかどうかを自分の耳でよく聴き確かめるよう促す。「あっ おともだち!」の時に習った、表記の異る同音( )のことが、理解できている かどうか確認するための曲。そのため、6小節目と7小節目は同じ鳴き声(チッチッチッ)になっている。歌詞がついていることの意味を考え、活かす。弾く前に
①階名で声を出して歌う
②歌詞の言葉どおりに歌う
それらが滞りなくできてから、ピアノの鍵盤上に指を乗せて弾く。スラーの切れ目やスタッカートの音を軽く切る。(アーティキュレーションを、はっきりさせる。)「ピーロッピーロッ」とさえずる小鳥、「ピーロッロ」 とさえずる小鳥、「ピッピッピッ」とさえずる小鳥、「チッチッチッ」とさえずる小鳥(くり返して2回弾くが種類は同じなので1種類とみなす)、「クックックッ」とさえずる小鳥、合わせてこの曲には何種類の小鳥が登場するのかを、子どもたちにクイズのように訊ね、考えさせる。(正解=5種類)そのことで、6小節目と7小節目が同じ音であることの理解を確認する。また、暗譜で弾けるようになってから、5種類の小鳥の声のみ、表示された音の1オクターヴ上や2オクターヴ上、3オクターヴ上などのポジションを自由に選んで弾くよう指示することで、「音色(ねいろ)」が変化して楽しいということが体験できる。少くとも3~8小節を、3オクターヴ上のポジションでそのまま続けて弾くよう指示する。その際、いずれの場合も、「この場所で」と鍵盤を指して具体的な場所を指示する。くれぐれも「オクターヴ」という語を使ってしまわないよう留意すること。(まだ習っていない)

びょうきのピーター(P.42)
 「ゆっくり」という表示が、どの程度の遅さであるのか、いろんなテンポで弾いてみるよう促す。速すぎれば「びょうきの」という言葉にそぐわず、遅すぎてもワン・フレーズをひと息で弾けなくなってしまう。(死んでしまいそうになったら困るよね?!) 生徒は7拍ごとにフレージングをし、息も吸うが、伴奏者(指導者)もそれにつられて手を上げてしまわないように。必ず全音符ぎりぎりの長さ分伸ばして、生徒ののところでそれぞれの和音の響きを、意識・認識させること。ハ長調でもなくイ短調でもない、「旋法」の響きに馴染むためにも、のときの和音の音の伸びがしっかり聴きとれるよう、その工夫の1つでもあるので、くれぐれも生徒のフレージングに合わせて(つられて)和音を切ってしまわないように。

ごきげんねずみのおどり(P.43)
 前曲の「びょうきのピーター」には「ゆっくりと」と表示されているが、この曲にはテンポの表示がない。前曲(見開きの左ページ)で、「テンポを考える」ことを学んだあと、続く右ページの、「曲のタイトル」から、テンポを想像したり、想定してやってみる、という姿勢を学ぶ。そのためにも、「ごきげん」という語の意味や気分が理解できていることは大切。ごきげん=機嫌が良い=楽しい・嬉しい・陽気、といったイメージを初めに明らかにしておき、その気分を伝えられるようなテンポで練習してくるように促す。a mollの曲だが、短調の曲というと「淋しい曲・悲しい曲」と擦り込まれることが多いので、テンポによっては「勇ましい(勇壮)」「楽しい」こともある――それほどテンポのインパクトは大きいということを体験させるためにも、最初ゆっくり弾いてみる→少し速めに弾いてみる→もっと速く弾いてみる→うんと速く弾いてみる→できる限り速く弾く、といったような変遷を経て、タイトルのイメージに近づくためのテンポ・アップを試みさせる。生徒自身が諦めてしまったり、指導者が待てなくて妥協してしまうことがないよう、暗譜してからの時間のかけ方が勝負。テンポ・アップしてからでも、アーティキュレーションが楽譜どおりに、音ではっきり表せているかどうか確かめさせる。2拍ずつのアーティキュレーションと共に、5~6小節のレガート(右手から左手へのスラー)の部分もそのようになっていなかったら、その生徒が弾いている、楽譜どおりではない弾き方を模倣して生徒に聴かせ、正しいほうと並べて聴かせることで、どの音とどの音との間が違っているのか(つながり方切れ方等)比べて聴けるようにする。弾いている自分の音は、正しく弾いているつもりでしか聴いていないが、他者の音は客観的に聴けるので、「違い」が判断しやすい。



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1巻 ぬきあしさしあし/いばってあるく/あっおともだち!

ぬきあし さしあし(P.38)
 サブ・タイトルとして「たしかめテヌート」と書かれているように、8小節のすべての音符にテヌートがついていて、1音1音たしかめるように(フレーズとしてではなく)、1つ1つの音にこだわって弾く。一般にテヌートというと(楽典の本などでは)「その音を充分に保つ」と書かれているが、それは子どもに理解できる説明ではない。(大人にも!)1つ1つの音に心を留め、具体的に言うと、出した音をぎりぎりの長さまで伸ばし、次の音を出す直前に切って、次の音をまた改めて弾く。――レガートのように繋がってしまうと1つ1つの音にこだわったことにはならない。
 音楽とは、基本的にはフレーズとして流れフレーズとして聴くものであるが、テヌートのついた音は、フレーズの中でも、特別、その音1つ1つに意味があったり、こだわりを持つべき音なので、「その音の長さを充分に保つ」という説明ではその最たるものはレガートとなってしまうので、レガートとはニュアンスが違うということを指導者自身の実演で示してほしい。
の音の長さが   であったとすれば、は  のように、薄い紙1枚で仕切るようなつもりで弾く。もちろんノン・レガートでもない。「切る」と「仕切る」の違いでもあるが、要は「長さ」よりも、1音1音への「こだわり」が必要なこと (=フレーズとして聴き流さないこと)を子どもたちに伝える。

いばってあるく(マルカート・マーチ)
 P.36-38は、すべて同じメロディーなので、テンポの変化やアーティキュレーションの違いで表現内容が異る曲を連続して弾いてきた。この曲も全く同じメロディながら、1つ1つの音をはっきり弾く、つまり「音質」へのこだわりが求められる。前曲(テヌート)の場合はフレーズとして聴かず1音1音改めて聴く(弾く)が、この曲はタッチがマルカートであるだけで、音楽は、4小節単位でフレーズとして聴かなければならない。ここまで進んだら、P.36-39の6曲をABCDEFとするとき、AB、CD、ABCD、EF、ABCDEF、EFE、FBEAなど、いろいろな組み合わせでヴァリエーションのように切り換えながら繋げて弾くことで集中力を養ったり、それぞれの技術的なこと(タッチの弾き分け)が、より確実に身につく。

あっ おともだち!(P.40)
 歌詞がついていることの意味を考える。①フレーズを判断させる。(1・3小節は外からやってきた「おともだち」がドアをノックする音) ②2・4・5~6は家の中にいる者(ピーターのきょうだい?)の声。③1・2小節、及び3・4小節はそれぞれ呼応。ただし2小節目で返事をしているのに3小節目でさらにノックしているのはなぜかということを考えさせ(問いかけ)お互いに「相手に聞こえなかったのかも?」という想像で2回目の呼応(3・4小節)の強弱を自分で考えさせる。5~6はワン・フレーズで弾き、7~8小節は手が替っても途切れないよう同様に。書き方の異るD音(同じ音)への理解は、加線の認識度が決め手。2・4・5~6・8小節の音を2オクターヴ下の位置で指示し熊の家としたり、3オクターヴ下で象の家と想定して弾くのも楽しく、また、手を交差させ右手をオクターヴ上、左手を3オクターヴ上で弾いて小鳥の家とするのも楽しい。実はそれらは、両手のポジションが離れても同じテンポでフレーズ感を持って弾くという技術上のスキル・アップに繋がる。



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1巻 スケートすべり/ブランコのり/こもりうた/めざめてジャンプ

スケートすべり(P.36)
 第1-2指と、第2-3指による2音のアーティキュレーション練習。2音によるアーティキュレーションは、手全体を上下したり手首を振って弾いてしまいやすいので要注意。(指導者自身にそういう打鍵癖のある人が結構多いのでくれぐれも留意)第1-2指の場合でも、第2-3指の場合でも、必ず、それぞれの指が第3関節からの上下運動で打鍵しているかどうかを確認する。また、手本を示すとき、生徒が目で見て「動作」を真似ることに陥らないよう、必ず目を閉じて「聴く」ことを促す。右手のC-D、左手のC-H、各2音ずつが繋がっているかどうか、繋がっていない2音も混じえて弾き(比較できるよう)、聴覚で判断させ、発見できるようにし向ける。
 レガートのことを、「つなげてひく」という表現で説明しても子どもは理解できない。「おとがつながってきこえるようにひく」のほうが、子どもにとってはより具体的である。ましてや近年の子どもたちのボキャブラリーの中に「なめらかに」という言葉はない。
 「ふつうのはやさ」というのは「速すぎない」「遅すぎない」と言えば理解できる。各音に、スラーもしくはスタッカートがついているが、4小節・8小節のC音には何もついていない(スタッカートではない)ことを読み取らせ、ふさわしい長さで弾いたあとにフレージング。アーティキュレーションとフレージングの違いを呼吸(とめる・すう)で教える。アーティキュレーションは曲に表情をつけるために切ることであり、フレージングはフレーズの切れめを表す。その違いや名前も教える。近年フィギア・スケートを目にしている子どもも多いので、リンクへの入場の際、スケート選手が左右交替で重心をかけて前進する姿を知っているからイメージしやすい。

ブランコのり(P.36)
 「スケートすべり」と同じメロディー、同じ指づかい、同じアーティキュレーションで書かれているが「とてもおそく」という表示のみが異るということを発見させる。すべて同じでも、テンポが違えば表す内容がすっかり変わってしまうということを体験させる。テンポの違いは表現上の大きなインパクトであることを知る。前曲と同じ曲なので遅いテンポで熊やカバがブランコに乗っている場面(2~3オクタ-ヴ下のキー・ポジションを「ここで」と指示する)や、小鳥がブランコに乗っている場面(2~3オクターブ上のキー・ポジションを指示)など、音色の変化でイメージを変えて楽しみ、飽きさせない工夫を。

こもりうた(P.37)
 4小節にまたがるスラー(長いレガート)は、あえて上下の向きを変えてあるので認識させる。右手から左手へ、左手から右手へ、と、フレージングの箇所以外すべてレガートに、人の声(ハミング)のように、やさしい音で弾く。子守歌は、やさしい声(音)の静かな音楽であることと共に、遅すぎるテンポは息が持たない(ワン・フレーズひと呼吸で弾けない)が、速すぎるテンポも子守歌にふさわしくない、ということなど、「音楽をつくる」姿勢の基礎を教える。簡単なメロディア・オスティナート(※)をオブリガートとして伴わせることも効果的。熊や象の子守歌も前例のように。



めざめてジャンプ(p.37)
 はずんだ元気の良い音で。「こもりうた」と対照的に。

 P.36-37の全4曲はすべて同じ曲だが、アーティキュレーションやテンポの違いで表す内容が全く異ってしまう(音楽とは音で何かを表現するもの)ということを体験する大切なポイントとなるページ。2つ以上(子どもの言葉では2つか、それよりたくさん)の、異る高さの(おなじせんやおなじかんではない)音についている弧線(まがったせん)は、すべてスラーという名前であることを教え、形や長さも種々あることを、見本となるいろいろな楽譜を見せて認識させる。これまでにマルカートとスタッカートの奏法を体験しているがそれらはすべて単独音の打鍵の瞬間(発音時の音)を聴く練習だったが、ここでは、ある音と別の音との関係――複数音の繋がり方や切れ方の聴きとりを学ぶ。打鍵(発音)時の音だけでなく、そのあと次の打鍵(発音)までの間その音を聴き続け、その音が切れる瞬間の聴き取り、さらに、切れてなくなってしまってから次の音が出てくるまでの間(ま)が正確であること等、正確な拍節感、正確なテンポの中で意識し続ける指導が何より大切。逆説的に言うと、これらの課題をこなすことにより、自分の音を集中して本気で聴く姿勢が養われ身につく。そしてそれはピアノの習い方の姿勢、練習のし方の基本であり、音楽とは音で何かを表現することという本質が自然に身につくよう仕組まれていることを信じて「音」を「楽」しむ指導を――。



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1巻 ドシドシいばりやマーチ/ドシドシぴょんぴょんマーチ

ドシドシいばりやマーチ(P.32)
 シ(H)の音がP.30-31で習ったレ(D)の音とどう違うのか、五線上の位置をしっかり把握させる。へ音記号の第5線より上に、はみ出した音で、前に習ったド(C)の音の加線の高さよりは低いということを認識させる。ベンジャミン・バニー氏の絵から受ける印象(叱られて、前をトボトボと歩いている息子ベンジャミンやピーターの足取り・足音とは随分違った)、1音1音はっきりした音が出せているかどうか、自分の耳でよく聴き、確かめながらイメージどおりの音をつくって弾く。注意事項は「ドレドレいばりやマーチ」と同じ。特に第2・第3指の打鍵は大切。(1=ドと思い込んでしまうのはこの時期なので必ず異る指で弾く体験を。)

ドシドシぴょんぴょんマーチ(P.33)
 前のページ(P.32)で習ったシ(H)の音を探させ、自分で気づかせる。スタッカート記号を指して名前を訊ね、タッチや音の切り方が、「ドレドレぴょんぴょんマーチ」のときと同じようにできているかどうか問いかける。必ず第2・第3指で弾かせること。両方の指づかいで弾けるようになったら、「ドシドシいばりやマーチ」(P.22)と「ドシドシぴょんぴょんマーチ」をつなげて同じテンポで弾き通す。特に(4分休符)の長さが短くならないよう拍節を感じて弾いているかどうかは大切なチェック・ポイント。 P.32-33が通して弾けるようになったら、P.30-33を通して弾き通す。その際、P.31からP.32に移るときは、P.31の最後のの間に(止まらないで)ページがめくれるよう、めくりやすくするために(つまめるように)下の角を折り曲げ、浮いたその部分を、左右どちらの手でめくれば次のページを支障なく弾けるかということを問いかけ考えさせる。(次のページの頭5拍分が左手打鍵であることに加えて、P.31の最終小節は右手打鍵+であることから、当然右手でめくる。)
 また、P.31-32(裏おもてに印刷された1枚の紙)を縦に筒状に巻き、P.30とP.33が見開きで同時に見渡せるようゼム・クリップ等で止め、P.30とP.33を両手で同時に弾かせる。1回目はマルカートで「ドレドレドシドシいばりやマーチ」。2回目はスタッカートで「ドレドレドシドシぴょんぴょんマーチ」となる。左右の動きがシンメトリーに作曲されているので同じ指使い(1-2、2-3)で弾ける。(反進行)
 P.30をA、P.31をB、P.32をC、P.33をDとしたとき、
  1.Aのみ弾く
  2.Bのみ弾く
  3.ABつなげて弾く
  4.ABA→三部形式の基礎(集中力の向上)
  5.AAB→バール形式(3回目に変化する形)
  6.Cのみ弾く
  7.Dのみ弾く
  8.CDつなげて弾く
  9.CDC→三部形式
 10.CCD→バール形式
 11.ABCDつなげて弾く
 12.AとDの反進行でマルカート奏法
 13.AとDの反進行でスタッカート奏法
 14.Bの左手の音だけをオクターヴ上の位置で(ポジションを指定し第2指で)交差して弾く。
 15.Dの右手の音だけをオクターヴ下の位置で(ポジションを指定し第2指で)交差して弾く。
 以上1~15は、各ページを子ども自身が単独で弾いて進んで行くだけでは得られない「集中力」「構成力」「表現力」が養われ、何より「弾きこなす」という習熟度が高まる。 1つ1つの「できること」の組み合わせや、先生のひと工夫が、子どもの能力開発を促し、子どもに興味や向上心を持たせ、そして何より、「音楽に対して謙虚な姿勢」を育てることに繋がる。



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1巻 ドレドレいばりやマーチ/ドレドレぴょんぴょんマーチ

ドレドレいばりやマーチ(P.30)
 レ(D)の音が、P.26で習ったド(C)の音とどう違うのか、五線上の位置をしっかり把握させる。(加線がつかず高音部譜表の第1線より下に、はみ出した音)
 「ピーターのたいこ」は、たった1つの音を、
①右手で弾く ②左手で弾く ③音を出さない
という3種類のことを指を替えて弾くだけだったが、この曲から別の音が一つ増えるので4種類のことを等間隔に並べて行くということを理解させる。
 そのうえで、「ド」も「レ」も、しかも、どの指で弾いても「はっきりした音」が出せるよう、指の上げ下げの方向や着面角度、タッチ・ポイント(鍵盤に指が着くポジション──第1指はなるべく鍵盤の手前、第2・3指は奥のほう)などを正しく教える。
 昔式の古い(合理的ではない)打鍵法で弾き続けてきた先生の中には、指を曲げて上げ下げしない、(伸ばして上げ、斜めの角度で打鍵する)ということに抵抗のある人が多いようで、指がペタッと吸いつくような着面角度の打鍵がなかなかできないようだが、初めから合理性のある打鍵法で習って育った子どもは、楽に美しい音で弾き、スケールやアルペジオも速いテンポで、手を痛めないで弾けるようになるので、一緒に学ぶつもりで試してほしい。
 4小節目・8小節目ののところで必ず息を吸うこと。音の羅列ではなく、音楽をフレーズとして弾く習慣をつける。
 「マルカート」の英語の語源は「刻印する(マークする)」こと。ベンジャミン・バニー氏の足裏が、塀の上面にピタッピタッと着面するイメージ。うさぎではなく「熊だったら?」「象だったら?」と、音にイメージを持たせ、オクターヴ下や2オクターヴ下のポジションを指で示して弾かせてみるのも子どもにとっては楽しい。

ドレドレぴょんぴょんマーチ(P.31)
 スタッカートの記号の認識(音符のたまの上または下についている小さな点であること)を促す。ただ「音符についている点は」と言ってしまうと、付点4分音符の付点もスタッカート記号と同じように思ってしまう子どもがいることを忘れないように。
 staccatoとは元もと、「切り離された」という意味のイタリア語であって、あくまでも、ある音が、次の音と「つながらない」ことを意味する。つまり耳で聴いた(聴いている)音が、つながっていない(切り離されている)ことが「スタッカート」の本来の意味であり、「はねる」といった「動作」を表すものでは決してないということを理解させること。目をとじて先生の出す音を聴かせ、「つながっていたら手をあげ、短く切れたら手をおろしましょう」などと、「音」だけで判断できるようにする。先生が弾いて見せて、「スタッカートってこんな弾き方よ」というような教え方をしてしまうと、ヴィジュアル的な印象が強く、「音をよく聴く」習慣がつかなくなってしまうので要注意。
 音楽は、「音でしか表すことができない」ということを、つまり、決して「動作」や「弾き方」「そういう音を出しているつもり」だけでは人には何も伝わらない、という「音楽の本質」を、習い始めのときにこそ習慣づける。スタッカートで音を切っても息は止めるだけ。フレージング以外で息を吸わないように。音が揃ったら、P.30と繋げて弾き分けやいろいろな組み合わせを楽しめるよう、組み合わせの順序や音の大きさを指示し、構成力を養う。
マルカートは音質の問題。決してƒということではないので正しい認識を。
 → 
このまま指を伸ばす方向 に、第3関節から持ち上げ 指紋のある「指の腹」で 打ち下ろす。指を上げると 自分の目で自分の「つめ」が 見える
指を曲げて第2関節から 持ち上げたり指の先から 下ろして打つのは間違った 打鍵(人間の手のつくりに 反していること)



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1巻 ピーターのたいこ

ピーターのたいこ(P.26)
 日本語では「ピーターのたいこ」と付けられているが、タイトルの意味を、英訳が厳密に示している。
 つまり、"Peter's drum"「ピーターの(所有している)太鼓」なのではなく、"Peter is drumming"「ピーターが太鼓を打っている」とdrumが「太鼓を打つ」という動詞であることが、この曲の内容を示している。
 ♩ とで、拍節感を持ち"1音符1打鍵"、つまり打鍵する行為そのものが「一拍」という概念を動作で体験させる働きを持っている。そのためにも、テンポを、弾き始めから弾き終りまで、しっかりとキープして同じテンポで、同じ音質で「弾き通す」ことを徹底する。
 4小節目・8小節目の休符は、フレージングとして、はっきり息を吸う。5小節目・6小節目の休符は、リズムを構成するための休符なので、息は止めるだけ(吸わない)。最初の1曲目から「音楽」の中で呼吸することを習慣づける。(弾く前とフレージングの箇所でしっかり息を吸う。)
 この段階では音符の名称を教えない。従って拍子記号も数字を使用せず、のように、♩ を1拍とする2拍子ということだけ教え、認識させる。 ♩ (1音符)が1打鍵、つまり1回打鍵することが「1拍」という概念を「体験」を通して認識・定着させる。そのためにも ♩ との長さは厳密に、丁寧に。
 打鍵は必ず第3指から始めて、第2指、第1指へと移していくこと。ド=1と思わせない導入を徹底することで、「ピアノを弾く」ための要素(情報)の正しい認識を促す。
 1、何の音を  2、どの指で  3、どれだけの長さ  4、どのキー・ポジションで弾くか
という個別の要素(情報)を同時処理していくのが「ピアノを弾く」という行為であることを理解させる。
 「ド」という、たった1つの音でさえ、左右両手を用いて弾き、左手か、右手か、全く音を出さないか、この3種類のことで、リズミカルに弾き繋いでいって、体験・体得することは、いずれ音が増えていったときにポリフォニーにつながる、大切な体験の第1歩である。
① 均一な音を出す→ ② のくり返しで2拍子の拍子感を感じさせる、等の弾き分けも区別して弾けるようにする。
 指導者は、旋律をつけるときも、和音等で伴奏を入れるときも、常に拍子感を持って弾き、子ども自身が、いつも主役とは限らない(子どもが先生のテンポや強弱に合わせる)というスタンスを用意することを忘れないように。出てきた音を客観的に聴きながら常に音楽全体のバランスを考え、共に作り上げていくのが「音楽」というものである、ということを最初の1曲めに学ぶようになっている。



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1巻 ピアノのがくふ/おんかい/おんぷとけんばん

ピアノのがくふ(P.18-19)
 縦線(小節線)、小節、終止線、段、等の名称を教え、以後、レッスンのときは必ず、この名称を使って指示すること。(例えば、「2段目の1小節目からもう一度弾きましょう」「3小節目の左手の2拍目の音は何?」というふうに具体的な数字や言葉で会話や説明をする。)
 指示や説明をするときに「ここから」と指をさすのではなく、具体的な数字(段、小節、右手or左手、何拍目)を使用することにより、子どもたちが集中力を養うことができる。「ここ」「そこ」等、代名詞はなるべく使用しないこと。先生の言葉を注意深く、集中して聴く習慣がつく。
 毎週のことだから、何カ月、何年もの積み重ねにより、集中力や注意力は随分深まって行く。

おんかい/おんぷとけんばん(P.22-24)
 音高知覚と音階の認識。幼児の場合、概して、ピアノの音で、音高や音程を知覚したり、音階を認識することは難しい。必ず、指導者が声を出して歌い、生徒に声を出して歌わせること。2度音程の上下行を階名唱法で。(耳から聴いた音を自分の声で模倣する。可能な音域でゼクエンツを繰り返す。譜例①~⑧参照)
 くれぐれも「コールューブンゲン」的な(?)発声にならないよう、自然な声で音程は正確に。譜例は指導者用であって、生徒には指導者の歌声を聴かせるのみ。集中して先生の声を聴き、同じ高さの音を模倣することによって音高を知覚させ、音階(の一部)を認識させる。

 譜例⑬が、先生の模倣をして正しい音程で歌えるようになったら、譜例①~⑫のそれぞれ1小節に譜例⑬をつなげて(4小節にして)先生が歌い、模倣させる。階名唱法で歌うことにより、音階順と音高が知覚・認識できる。





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1巻 はじめての打鍵(鍵盤を知り、初めて音を出す)P.20-21

Ⅰ、音の知覚と認識
●鍵盤の左端の音を押さえ続け「この音は、 ピアノの音の中で一番低い音です。どんな音のようにきこえる?」と問いかける。
→「お寺の鐘の音みたい!」「ライオンかトラがうなってるみたい~」等、その子のイメージを引き出し、そのイメージに合わせて先生が、お寺の鐘をつくゼスチャーや猛獣が襲いかかるゼスチャーをし、そのタイミングに合わせて、生徒がその音を打鍵する。その音がピアノの最も低い音であることを知覚・認識させる。
●鍵盤の右端の音を押さえ続けて「この音 は、ピアノの音の中で一番高い音です。さっきの音とどう違う?」と問いかける。
→「すぐ切れた!」「小さな釘を打ったみたい!」「宇宙の音!」等、その子のイメージを引き出し、その子に続けて音を出させる。それが鍵盤上で一番高い音であることを知覚・認識させる。

●ピアノの鍵盤では、右へ行くほど高い音、左へ行くほど低い音が出るということを教える。

Ⅱ、黒鍵と白鍵の認識
鍵盤の手前のほうは平面で白い色=はっけん白鍵。鍵盤の黒のほうは細長いデコボコ。黒い色のところ=こっけん黒鍵。それぞれの名前(白鍵・黒鍵)を教え、確実な言葉(声を出させて)で確認する。→このとき、先生が教えて「わかった?」と訊ね、生徒がうなづくだけだったり、「うん」と返事をするだけの場合は認めないこと。この体験がこれからの「習い方」を決定づける。

Ⅲ、本に提示されている「最も低い黒鍵2つのところ」を「げんこつで(=指を気にしないですむ)」以下のようにリズム打ちをし、模倣させる。
、②、③ 、 ④
その際、のところ(4拍目)で「ハイ!」と声かけし、次の1拍目でタイミング良く打ち始めることができなければ拍節感がないと判断し、「ハイ!」と促しながら何度も練習する。休符( )の長さを( )と同じ長さで感じることが大切。休符は「休み」ではなく「音がないことでリズムを構成している」という認識を指導者自身が重要視すること。また、馴れてきたら、「ハイ!」の代わりに音を立てて息を吸う。生徒にも同じところ(4拍目)で息を吸わせる。フレーズの始まりの前や、フレージングで息を吸う習慣につながる。
いろんなポジションのCisとDisを①~④のそれぞれのリズムで打ち、拍節感が育ってきたら両手でなど、
音域を広く使ってポジションの違い(音色の違い)から生れるさまざまなリズムを楽しめるように促す。馴れてきたら生徒に先導させ、先生が模倣する。

Ⅳ、本に提示されている「最も高い黒鍵3つのところ」でもⅢ同様のやり方で。

Ⅴ、黒鍵2つグループと黒鍵3つグループを両方とり合わせてさまざまなポジションでさまざざまなリズム打ちをする。
(生徒のリズム感が良ければ、などシンコペーションリズムも取り入れる)



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はじめに

ピアノを教え始めて、この春で四十余年たちましたが、私は『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』に限らず、どのテキストを使って指導してきたときも、また、どの生徒に対しても、レッスンで失敗したことや後悔したことは一度もありません。というよりも、どの子にも、いつも真剣に誠実に向き合ってきたので、すべてが前向きでプラス思考の発想しか残ってこなかったということです。常に工夫の連続でした。
 それは決して自慢でもなく、誇張でもなく、特に、『ピーターラビットピアノの本』『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』を使うようになってからは、まさに自然に、無理なく、無駄なく、効率良く、誰もスランプ1つなく、確実に「理解」し、楽しく過ごし、練習を怠けた子もなく、上達しなかった子もなく、私自身もレッスンが楽しくて仕方のない年月でした。でもそれは決して、私自身がこの本の「著者」だからではありません。
 『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』を使って子どもたちにレッスンしているとき、私は完全に「ピアノの先生」になりきっています。この本の「作曲者」でもなく、「監修者」でもなく、「校訂者」でもなく、透徹なまでに私は、「一人のピアノ指導者」として、子ども一人ひとりと「ピーターラビット・ピアノの本」の前で、音楽を媒体として確実に向き合っていることに、今さらながら驚いています。逆説的な言い方をすると、私がどの子に対してもレッスンで失敗などしたことがないのは、いつも、どの子にも「真剣勝負」に挑み、「音楽」に妥協したり、「子ども」というものに迎合してこなかったからという理由しか思い当たりません。
 その姿勢で臨めば、どんな本を使っても「失敗」などするはずはなく、いかなる「体験」も良い結果にしか繋がらないと思います。ましてや、『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』は、他の「子どものための」と称されていながら本当は少しもそうではないメソードや導入教材に比べて、個人の能力や力量で補わなくても良いというだけでも、指導者としての私は楽をさせてもらっている、というのが本音です。誤解のないよう言っておきたいのですが、私は決して自慢しているのでありません。本当に「音楽」を愛していて、本当に心から「子ども」が好きな人なら、当然すべてのピアノの先生はそうではないかと思いますし、また、そうでなければならない、とも思います。
 『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』の1巻P.20〜21は、楽譜がありません。鍵盤図と説明の言葉と、ピグウィグ、すずめの絵だけが印刷されています。
 でもここに、どれだけ「音楽」に必要な、大切な情報と指導のノウ・ハウが詰まっていることか、果たしてどれだけのピアノの先生が読みとって下さっていることだろうと懸念しています。拍節感、フレーズ感、テンポ感─「先生のまねをして」なる一語に託された、指導上の目論見の読みとり──。
 それを受けてこそ、P.26の「ピーターのたいこ」の存在価値があるということを、どれだけの先生が感じて下さっていることでしょう。しかも、タイトルの英訳にまでそのことを明示しているのです。決して"Peter's drum"ではなく、"Peter is drumming"と英訳されていることに、一体何人の先生方が気づかれたことでしょう。「ピーターの(所有している)太鼓」なのではなく、「ピーターが(主語)太鼓を打ちます」ということに─。
 拍節感、拍子感、フレーズ感、リズム感、テンポ感、呼吸、音質揃え、音量揃え、他者とのバランス、等々、「ピーターのたいこ」には、たった8小節に、音楽の指導上、求めるべきものがすべてぎっしり詰まっているのだから妥協したり迎合したりしてはならないのだということを、どれだけの先生方が読みとって下さっていることでしょう。
  どの先生、どのような能力の先生にでも、この『ピーターラビットと学ぶはじめてのピアノ教本』を使ってレッスンをされるときには、「絶対、失敗しない」ために、このコーナーを役立てていただければと思っています。



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