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ムジカ工房は、音楽教育家・北村智恵をサポートする、小さなアトリエです。
北村智恵ピアノ教室、コンサートの自主公演、ピアノ指導者セミナー開催等、行なっています。

過去の公演

みんなの音楽 第3回 エッセイ

希望コンサート みんなの音楽、みんなに音楽 ――北村智恵
 ~ムジカ工房通信54号「各駅停車の音楽人」より転載


 私たちのコンサート「みんなの音楽」が今年第三回を迎えた。 第一回を開催するとき、コンサートの案内チラシにも、プログラムにも、 「主催主旨」として、私は次のように書いた。
 『このコンサートは、「老い」も「障害」もひとつの個性と考え、 さまざまな条件の人たちがそれぞれの生活の中で、当然のこととして音楽を楽しみ、 共に感動を分かち合っている様子を伝えあうコンサートでありたいと思っています。 さまざまな工夫と努力によって、どのような条件の人たちでも、音楽を楽しめるということを 一人でも多くの人びとに知っていただくためのコンサートです。
 また同時にどのような条件の人たちにも、聴衆として参加できるようになるための訓練の場として、 聴衆全員が誰に対しても、コンサートのマナーを伝え育て、暖かく見守ることのできる会場であること ──そんなコンサートをめざしています。
 人が生きていく力に繋がるような深く豊かな音楽とその感動は、必ずや多くの人たちを幸福にしてくれると信じます。』
 ──それ以上でもなく、それ以下でもなく、このコンサートは、私にとって、ずっとそうありたいし、 そして、そのことを自分のライフワークとして続けて行きたいと思っている。
 今年は10組の出演が予定されていたが、台風のために新幹線や飛行機がストップしてしまい 千葉から参加する予定だったプログラム1番の女性が来られなくなってしまって、プログラム2番からの 出演者と客席の聴衆、合わせて四百名近い「参加者」が集い、出会い、そして感動を共にした。 (それにしても、警報が出ていた地域の人も含め、あの台風の中を、よくぞこれだけの方々が集まって下さったものと、 ただただ感謝──。)

 実際の始まりは、自閉症の21歳の青年のピアノ独奏。左手の肘でピアノの低音部の鍵盤を多数押さえ、 解放弦にして、右手でメロディーを弾いたときに生まれる倍音の響きを利用した、エストニアの作曲家、 ウルマス・シサスクの「星の組曲」から「カペラ──輝く星」を、その世界に浸りきって独奏。 彼は自分が納得できるまで何度も何度も、同じフレーズを繰り返し繰り返し弾いた。私はその曲を暗譜していたので、 彼が何にこだわり、なぜ何度も何度も繰り返して弾いたのかがよく解かった。繰り返すたびにテンポが変わり、 フレーズの切れ目の「間」が変化していたが、そのことの中に、彼のアイデンティティーがあるのだと感じた。 人は、譜面通りに、テンポも、各音符の長さも、「正確に弾く」ことを最優先させ重要視する。だが彼にとっては、 たとえそれが「間違い」や「不充分」とされることであっても、自分が何にこだわり何に執着しているかという 自分らしさ、自己存在を、ちゃんと自分の演奏で表現している。現に、譜面どおりではなく、正確ではなく、 多分に即興的な(?)彼の演奏に、人々は感動し、「美しい星の光が目に浮かんだ」とアンケート用紙に特記した 人が何人もいた。自分の演奏を人がどう思うかという意識より、もっと大切なもの──音楽に没頭できる純粋さ──を、 私たちは学ばせてもらったのだと思う。
 続く、和歌山からの年配女性グループ七名のトーンチャイム・アンサンブルは、まさに癒やしの音、癒やしの音楽。 また、音大ではなく京大の学生という青年のピアノ独奏は、ドビュッシーに対する、そしてピアノそのものに 対するひたむきさが感じられて好印象だったし、丹波篠山の、知足谷という村の合奏団は、子どもから大人まで 一緒になって、手づくり楽器も含め、思わぬ取り合わせの楽器の音や、子どもたちののびやかで自然な歌声が とても良かった。ピアノの先生と音大出たての母娘連弾も、血縁や日常生活というものを超えた、「音楽」の中で 共に呼吸をするという接点においてのみ生れてくる「共感」が聴衆にも同じ共感を呼んでいたと思う。
 私の教室のピアノの生徒と父母たちによる、オペラ「セロ弾きのゴーシュ」の中の「第六交響曲とフィナーレ」は、 合唱も独唱も重唱も評判が良かったが、何より、段ボール等で作った本ものそっくりの「手づくり楽器」の意外性が、 多くの聴衆にウケていた。
 音大の同級生同士によるフルート、ヴァイオリン、ピアノのトリオも、自然な演奏で親しみ深かったし、 それを挟んだ前後の演奏、──左手だけで演奏する少年の、リコーダーとピアノ、そして形成不全、 全盲という多重障害の女性のピアノ独奏──は、今年も、多くの人たちに感動と元気と勇気を与えてくれた。 ゲストの雨田夫妻のチェロとピアノは、ホットなトークも前後して、音色の美しさと音楽性の豊かさで、 すべての人々に「音楽」のすばらしさを伝えていた。
 白紙の裏面にまでびっしりと感想文の書かれているアンケートが、数えきれないほどたくさん回収箱に入っていて、 それだけで一冊の本ができそうだと思った。

 「昨年、思いもよらぬすばらしい感動を与えて頂き、その温かい気持ちは一年間、胸の中で燃えていました。 今日も、何度も涙が流れ、何度も心が震えました。どんなプロの人達よりもすばらしい音楽を聴かせて頂きました。」
 「今日初めて聴かせて頂きました。みんなの音楽というタイトルの本当の意味を考え、感じながら、 ずっと聴いていました。どのステージも私の心の奥深くまでメッセージが届き心を動かされました。」
 「何のジャンルでもない、何の垣根もない、まさに『みんなの音楽』でした。殺伐とした暗いニュースの多い中、 まさにこれは希望です。」
 「いつもすばらしい演奏で感動します。これからもずーっと続け、音楽で仲間になり、世界の平和につながって ほしいものです。」

 等々、三回めにしてもうすでに私の思いが伝わり、共感と励ましの言葉をたくさんいただいている。
 今回は、六月のNHKラジオ深夜便(ナイトエッセイ)の中でこのコンサートのことを話させてもらったこともあり、 ラジオのリスナーからの問い合わせも多く、聴衆層にも幅ができて有難く思った。
 今回とても嬉しいことがあった。ホール・スタッフのチーフが、このコンサートに感動して 「私もボランティアで参加したくなったから、今回の人件費はゼロでいいよ」との申し出。調律も、著名な調律師さんが毎回ボランティアで参加して下さっているのだが、本当に、何と有難いコンサートなのだろう。 「ちえの輪倶楽部」をはじめ、さまざまな持ち場で手伝って下さるボランティア・スタッフはもちろんのこと、 おそらく全国どこにもない、コンサート開催のための「サポーター会」の存在を、私はただただ感謝すると 共に誇りに思っている。
 それらすべてはみな「音楽」の力、「音楽」の偉大さがもたらしてくれたものに違いない。今後も、もっと共感の輪を広げて行きたいと思う。「希望コンサート・みんなの音楽」であるために。
 三十余年前、私が「障害」児・者を教え始めた頃、「そんな人に音楽なんて解かるの?」と多くの人に言われた。 だが今私は、「そんな人こそ私たちに音楽とは何か、を教えてくれる」と胸を張って言える。




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